「私をアナスタシア様だと思いましたか?」
「?!」
ふふ、と笑いながらスズは侵入者に問いかけた。 けれど彼女が先ほど「しゃべるな」と言ったので侵入者は驚いた顔をするだけで一言も発することができない。
「目の色が違うそうですよ。ほら、わかりますか?」
突きつけた拳銃を侵入者の目に押し付ける。
「残念でしたね。私はアナスタシア様じゃありませんよ」
侵入者がガクガクと震えだす。
「ユーリさん、縄か何かありますか?」 「縄・・・ですか」 「ええ、男一人縛り付けられるくらいの」
ユーリは立ち上がり、部屋の中を物色した。今回のパーティのために急ごしらえで作った衣装室だ。縄なんてもちろん置いていない。 代わりの物を探そうにも部屋にあるのはドレスやアクセサリーの類のみ。
「・・・申し訳ない、そういったものは見当たらない」 「そうですか、なら仕方ありません」
スズは持った剣の切っ先を男の首からはずし、拳銃を持った手で男の襟をつかんだ。
「こちらへ」
引きずるようにして男を部屋に連れ込み、先ほどまで自分が座っていた椅子に座るように指示した。
「首から上だけ、動かしてもいいですよ」
ユーリが男の背後から口布を引き下げる。髭がうっすらと生えた口元があらわになった。
「アナスタシア様を狙っているのは何人ですか?できるだけ正確に」
「・・・」
「・・・言わないなら、その膝に9mm口径弾を打ち込むまでですが?ご希望とあらば、ダガーナイフでも」
「・・・言えるわけないだろう?」
「そちらの都合なんて知りません。状況を見て口を開け」
パァン!! 男の足元を威嚇のために撃った。
「ぐっ・・・」
男がまるで撃たれたように、苦悶の表情を浮かべる。 スズは男の髪をつかみ、自分に目を向けさせた。
「何人ですか」
「・・・」
「見上げた根性ですねえ」
まだ冷め切っていない銃口を男の喉元に突きつけた。 男は歯をかみしめた。
「あ」 「サクラさま?」
スズの前と後ろから声がした。 一方はユーリの声、もう一方はこの部屋の入り口から。
「イヴァン・・・」
ユーリは入り口に突っ立ったままのもう一人の執事の名前を呼んだ。 スズはその声につられて、入り口のほうへ振り返った。
「・・・その方は?」
イヴァンが射殺すような視線を侵入者の男に向けた瞬間、剣を持っていたほうの腕に変な重さを感じた。
(まずい、)
スズが剣の先を見ると、侵入者の男の首が見えた。 男の首に糸のような赤い線が見えた後、そこからザクロのような血の玉があふれて、そして吹き出した。
返り血がドレスにつく前に、スズは男から離れた。 支えを亡くした男はすでに溺れるようにもがきながら椅子から崩れ落ちた。 まだ心臓が懸命に動いているのであろう、首から吹く血の強弱に鼓動を感じる。
男は暫く喉を掻き毟るような動作をした後、動かなくなった。
「ひっ」
入り口から女の声がした。 しかしそれに振り返ることは叶わず、スズの身体は誰かにがっしりと固定されてしまった。
「やっぱり本物のほうがいいな」
右の後頭部にほおずりをされ、背骨にそって変なしびれが走った。
「どうしてこんな面倒なことになってんだ」
「クザンさん」
「着てるドレス違うし。前のより可愛いし」
「っ・・・離していただけますか?!」
腕をだだをこねる子供のようにふりまわした。
「・・・申し訳ございません、私の帰りが遅いばかりに危ない目に合わせてしまいました」
先ほどイヴァンと呼ばれた執事が、クザンに抱き着かれたままのスズの前にきて頭を下げた。横にいたユーリも一緒に頭を下げている。
「 」
いえ、と言いかけたスズは深々と頭を下げる彼の後ろに、驚いた顔をする自分がいた。 もちろん自分がもう一人いるはずがない。
(あれが)
この2人の執事の主であるアナスタシア。
この国の唯一王。
「お前・・・」
先に声を発したのはアナスタシア。
「ッ・・・イヴァン、影武者など不要だ。今すぐ帰せ」
スズから顔を背け、イヴァンに命令した。
「いえ、それは聞き入れかねる命令です」
「イヴァン」
イラついた声で執事の名を呼び、再び命令の施行を命じる。 その威圧感のある声に、王族の2文字がよく似合う。
「・・・わた、わ」
何か言わねば、とした舌が上手く回らない。 そんなスズにほかの全員の視線が降り注ぐ。
「私、迷惑じゃあなければ・・・このまま「ならぬ!!」
つかつかと歩み寄ったアナスタシアがスズの顎を引っ掴んだ。
「貴様はバカか?それとも自殺志願者か何かか?海軍は阿呆しかおらんのか」
はん、と鼻で笑いスズの顎をぐらぐらと揺らした。
「うわ、わ」
「・・・こらこら」
後ろからクザンがアナスタシアの腕をつかんだ。
「いっ!!」
顔を真っ青にしてアナスタシアは腕を自分のもとへと引っ込めた。
「クザンさん!」
アナスタシア同様、スズも彼の行動に青ざめた。 彼のその行動は、仮にも一国の王にするものとしては十分目に余る。
「なんでそんなに怒るの」
あんた王様をなんだと思ってるんだ、という言葉が声にならずに喉から天井に突き抜ける。
床に転がった侵入者の血も、廊下に置いたままの料理も石の廊下のようにすっかり冷えてしまった。
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