執事はそのあと、熱く沸騰したケトルからポットへお湯を注ぎ、目についた茶葉を缶の入れ物ごとワゴンに乗せた。

執事は自分が先ほど歩いてきた廊下を引き返した。
海軍本部から来たスズのツレを探すより先に料理を彼女に届けるべきだと判断した。

(お腹を空かせているのは良くないですからね)


廊下は変わらず月に照らされ、ひんやりとした石の壁に靴の音が響いた。
扉の向こう、内側にはオーケストラの奏でる華やかな音楽で満ちているというのに、この廊下はまるで別世界だ。

この世界で自分しかいないのではないか、錯覚すら覚える冷たい廊下を歩いた。


「寄るなケダモノ!」
「髪に糸くずがついてたから取ろうとしただけだろう?!」

物置きであるはずの一室から、聞き覚えのある声が聞こえた。
ワゴンをその場に放置し、足音を立てないように物置の入り口に走り寄り、息を殺す。

(こんなところに居られましたか・・・)

懐から手のひら程度の大きさのナイフを取り出し、逆手に持ちなおす。
息を短く吐いて、物置きに足を踏み込んだ。


男だった。屈んでいるが、自分よりもはるかに背が高いであろう男。
細身の体なのに、どうやっても自分のナイフが刺さらないイメージが頭に叩き付けられて離れない。
それはこの男には自分では到底かなわない、ということを本能で察しているからだろう。

(ああ、ドレスの裾を汚して)

男の向こうに見える自分の主。


執事はナイフの切っ先を大男のうなじに突きつけようと次の足が踏み込む前に腕を伸ばした。

(幸い相手の背後は取れる。入り口も塞げる)

そう考えた矢先だった、目の前の大男がいない。

( !)

視覚から得た情報を処理し、脳が新たに命令を発するよりも早く、ナイフを持った腕が圧迫されるのを感じた。

コマ送りのように、かちりかちりとその腕が本来の軌道を逸れていくのを眺めた。




「イヴァン!」


スズよりも少し高い声が物置に響いた時には、執事は大男に床へと組み伏せられていた。


「君らもしつこいね」

大男・クザンがナイフを持ったほうの腕を力いっぱい握るので、執事はナイフを手からこぼれ落とした。


「弓のやつとはお仲間?」

膝で押さえつけている腰に圧力をかけた。

「痛ッ・・・」

「おい、おまえ!やめろ!そいつを離せ!」


アナスタシアが顔を真っ青にしてクザンの腕にとびついた。


「ちょっと離れなさい。危ないから」

「阿呆が!そいつは私の執事だ!!」

今にも噛みつかん勢いでアナスタシアはクザンに吠えた。


「へ? ・・・そうなの?ごめんごめん」

クザンは腰を踏みしめていた膝を退け、押さえつけていた腕も解放してやる。

クザンが膝についた埃をはらっていると、ふくらはぎのあたりに衝撃を受けた。アナスタシアが蹴り飛ばしたのだ。

「阿呆め!」

目を丸くしてアナスタシアを見つめていたクザンにそう吐き捨てると、アナスタシアは執事のもとへと走り寄った。

「おい、おい。大事ないか」

「アナスタシア様、ご無事で何よりです」

執事はよろよろと起き上がり、手から落ちたナイフを懐にしまい、グラリと揺れる視界を首を振って消し去る。
きれいに撫でつけられていたはずのプラチナブロンドの髪が乱れた。

自分がどのようにしてクザンに組み伏せられたのか、頭に映像でよみがえった。
自分への嫌悪と相手への劣等が湧いた。




「そちらの方は?」

汚れた手袋をポケットへ仕舞うと、執事は立ち上がり、クザンを見る。
武器は何も手にしていないが、鋭い目つきで警戒する。

「海軍本部の大将「世界政府の犬だ」

クザンは何とも言えない顔でアナスタシアのほうを向いた。

「何だ。間違っていないだろう?この犬。下僕」
「アナスタシア様。そのような言葉づかいは慎んでくださいと何度言えば聞き届けていただけますか?」
「フンッ」

仁王立ちする少女の金糸のような髪が揺れ、執事は同じ髪を持つ彼女のことを思い出した。

「海軍本部大将・青キジさま。少将・サクラさまのお連れ様で間違いございませんか?」

クザンは『サクラ』という言葉に反応して執事へと目を向けた。

「そうだけど」

「ああよかった、探す手間が省けました。サクラさまは我々が用意した部屋でただ今お待ちいただいております。お手数かと思いますが、部屋までご一緒願えますか?」

「・・・何かあったの?」

その言葉にクザンは監禁・誘拐の類の意味を含めた。
来たこともない島であったこともない人間についていくほどスズは子供ではないし、何しろ先ほどこの女(アナスタシアのことである)がこの国の女王であると聞き、勘ぐりを入れてしまうのは当然だといえる。

(易々と捕まるわけはないんだけど)

いざとなればスズは自分の手足を落としてでも逃げ切ることができる。




 
執事はスズとの契約のことをこの場で話そうか、話すまいかとしばし考えた後、廊下に置いたままの料理を思い出した。

「詳しくは後ほど」

 
執事は自分の主とクザンについてくるように指示を出した。


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mokuji


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