「サクラ様、よくお似合いでございます」

初めに渡されたワインレッドのドレスに加えて、白のサテンの手袋と頭には銀のティアラをつけていた。
髪は執事に丁寧に結われ、サイドにいくつかの編みこみを作り、上へふんわりと盛られていた。

鏡に映る自分がはたして本当に自分なのか。スズはすっかり変わってしまった自分の姿に感嘆の溜息をついた。

Aラインのドレスはたくさんのバラの形をしたフリルが連なり、それを縫うようにグラデーション豊かなフリルが左腰から右裾のほうへ走る。
左裾には黒のチュール生地に同じく黒蔦のような模様。


「お手数をおかけしました。我が主がピンクのドレスを好まないゆえ・・・」

「ピンクのドレスを着ていると嫌われてしまうんですか」

「いえ・・・そうではなく」

執事はオホン、と一度せき込んでからスズの瞳を見据えた。



「先ほどの話の続きになりますが・・・貴方様に我が主・アナスタシア様の代わりをしていただきたいのです」

「無理です!!」

スズは即答した。

(無理、無理無理無理!こんなにドレスを持っているお金持ちの人の代理なんて・・・絶対無理!)

「もちろん、謝礼はいたします。そのドレスも何もかも欲しければどうぞお持ち帰りくださいませ。どうか・・・」

執事は深く頭を下げた。

「私が代わりになって、その・・・アナスタシアさんはどうするんですか?」

「心配ありません。きっともう一人の執事が今頃探し当ててくれているでしょう」
「そうじゃなくて!」

自分がアナスタシアとなることで彼女はとても困るのではないか。なにしろ同じ名前を語る人物がこの会場に2人存在することになるのだ。

「そもそも私がアナスタシアさんに化けなければいけない理由ってなんですか」

執事は先ほど月明かりの廊下でみたように顔をかげらせた。
一度ごくりと喉を鳴らせると、かすれた声を絞り出した。

「・・・主は命を狙われています」

「!」

「このパーティーも本来参加する予定ではなかったのです。しかし主は周りに示しがつかないから、と・・・」

「周りに・・・?」

「ええ、『自国の開催にも関わらず、欠席するわけにはいかぬ』と」

(え・・・)
スズの頭で「自国」という言葉が反響する。

「我々のそばを離れないことを条件に参加することになりましたが・・・はぁ、この有様でございます」

「そうでしたか・・・。それでもやはり、私にそんな重要な役は「あなたでなくてはいけないのです」

執事はスズの前に跪いた。
従者が主人にする、忠誠の印。


(そうか・・・なるほど)

スズは自分の中で納得した。
「私に彼女の影武者をしろ、最悪の時は身代わりになれ、ということですね」

フフ、と執事に微笑んだ。

「ええ。しかし誤解しないでください。身代わりになって欲しいわけではございません。貴方の、少将殿の腕を見込んでのことです」

執事はスズの右手をとり、自らの額を当てる。

「ごめんなさい、ちょっと意地悪しました。ですが」

スズは執事の前にしゃがみこんで彼を見た。
整った顔が決意の色に染まっている。

「その役目、引き受けましょう。」
「! 本当ですか!」
「はい、どこまで上手くできるか分かりませんが・・・できる限りのことはしましょう。困っている人を放っておくわけにもいかないでしょう?」
「かたじけない・・・」

執事は目を閉じて感謝した。


「けれどひとつお願いが」
「何なりと」

「この会場に私と一緒に来た人がいるんです。その人に今回のことを伝えたいのですが・・・」
「畏まりました。すぐにお探しし、伝えてきましょう」
「よろしくお願いします。あと・・・」
「はい」

「何か食べるものをお願いしてもいいですか」
「ええ、喜んで」

執事は微笑みながら右手を胸に当て、頭を下げた。




執事の居なくなった後、スズは部屋のフィッティングルームに戻る。

「さて、こちらも用意をしなければ」

ピンクのドレスの下から、たくさんのダガーナイフを孕んだベルトとホルダーに収まった2丁のベレッタを取り出す。

ためらいもなくスカートの裾を巻き上げ、ダガーナイフのベルトを両脚の太ももに装着し、ガーターベルトの隙間に銀色のベレッタを差し込んだ。


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mokuji


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