ひっそりとした階段を上り、いくつもの廊下を抜け、スズと執事はひとつの部屋の中にいた。
月の明かりだけが支配する廊下とはうって変わって、その部屋にはたくさんの光がくべられていた。 そしてたくさんのドレスと眩いほどの宝石がならんでいた。 目がくらむような光景に、スズは息をのんだ。
「どうぞ、こちらにお掛けください」
執事は鏡の前に置かれた椅子にスズを案内した。
「ありがとうございます」 「とりあえず、ドレスを選んでいただけますか?」 「ドレス?」 「ええ、お好きなものを」
執事はドレスの一つをつかむと、椅子に座るスズの肩へあてがう。
(た、高そうなドレス・・・)
シミひとつない、空間にポッと浮かび上がったような白のドレス。雪うさぎの毛のケープは物語で読んだ冬の妖精のそれのようだ。
「これでは少し幼すぎますね・・・」
執事は気に食わなかったのか、すぐさま別のドレスを手に取った。
(可愛い・・・)
自分の着ていたものよりうんと凝ったデザインの青いドレス。 袖の布がどうなっているのか想像もできないほどのつくりをしていた。
しかしそれもすぐに下げられ、次は黒・若草・黄金・真紅と色とりどりのドレスが代わる代わるやってきた。
「初めの白以外はどれもお似合いですね。迷ってしまいます」 「あ、ありがとうございます」
赤くなるな、と現金な自分に心の中で少し叱咤した。
「お好きな色がありますか」 「・・・こんなに素敵なものが多いと選べません」 「おや。」
くすくすと笑う執事にもっと顔は赤くなった。
(絵になる人だなあ・・・)
丹精な顔に浮かんだ笑みを自分が独占しているのだと思うと、申し訳ないようなたまらない気持になった。
このままでは居づらいので 「じゃあそこのパールグレーを」 と彼に告げると、すぐにそれをスズのもとへと持ってきた。
「この色をお選びになるとは思っておりませんでした」 「似合いませんかね」 「そうですねぇ・・・少しやぼったいかもしれません。暗いお色がお好きですか?」 「普段着ない色なので・・・」 「そうでしたか。あなたは顔がパッと明るくまぶしい。それを鳥かごのように抑え込んでしまうこの色はもったいない。・・・ああそうだ。こちらはどうですか?」
執事はワインレッドとダックブルーのドレスを持ってきた。
「ともにベルベットです。暗い色で貴方のその髪を活かすならこの2色でしょうか」 「わあ・・・」
スズは光に照らされて暖かに反射する2つのドレスを見た。
「私、赤がいいです」 「いい選択です。さて、これを着てみてください」 「本当に着てもいいんですか?」 「ええ、もちろん。ドレスは着られるために存在しているのですよ」 「では、遠慮なくお借りします」 「・・・おひとりで大丈夫ですか?」 「へ?」 「背中のファスナーです。コルセットを着ていると大変でしょう?」 「だ、大丈夫です!」
スズは逃げるようにフィッティングルームへ急いだ。
「私の主もあぁでいてくれれば可愛げがあるのですが・・・」
執事の溜息はスズには聞こえなかった。
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