25:水面


人ゴミに押し流されたスズはクザンと真反対の廊下を歩いていた。

「鼻がもげるかと・・・」

自身のフリルにも染みついた香水の香り。
適量では人の気持ちを惑わすほど華やかで妖艶でも・・・多勢に無勢とはこのことだ。
脳を舐められるような不快な感覚に吐き気がした。

「いやぁ・・・それでもやっぱり。みんな綺麗なんだなあ」

重いフリルのドレス。
それを易々と着こなす女性たち。
窮屈に締めつけられたコルセットはもはや拷問器具である。

「これを毎度着こなすあの人たちなら海軍入れるよ」


ぐう・・


締めつけられたお腹が鳴った。


「お腹すいたなあ・・・料理・・・」

クザンは料理を確保してくれているのだろうか。
それとも周りを取り囲んでいた女のうちの誰かと楽しく話しているのだろうか。

「む」

スズは空いた胃が煮えるような不快感を感じた。




「こんなところに・・・!」

空きっ腹を押さえていた左手とは逆の右腕が突如誰かに掴まれた。
しかし普段から海軍で、しかも幾多の実戦を経験しているスズはそれを難なく振りほどき、相手から2歩を(ちょうど腕が届かない距離まで)目にもとまらぬ速さで下がった。

警戒を緩めず、暗闇の先の相手を睨む。


「いつのまにそんな武人のような・・・!手に傷でもついたらどうなさるおつもりか!」

雲が晴れた月に照らされ、顔を赤くして怒る壮年の紳士の顔が闇から浮かび上がる。
バトラー。
いわゆる貴族付きの執事だ。
彼が着ている燕尾服の艶やピシリとのりで固められた襟から、相当な家の使用人だということが推測される。
歳相応に艶やかなプラチナのブロンドは、額を晒してうしろへと撫でつけられ、色気を醸している。

(そりゃあ武人だもの?)
よく理解できない目の前の出来ごとに、とりあえず頭を整理する。


・・・無駄だった。

(誰?)

何が何やら全く分からない。


「すみません、どちら様ですか」

スズは警戒を緩めずに相手へ尋ねた。

「? 何を・・・」

「貴方の事をまったく知らないので」

「! そんなッ 町娘かなにかのおつもりですか!」
「?何を言ってるんですか」

男はスズの見当違いの言葉を次々にならべる。
その噛み合わないやりとりから、ふと閃いた。

(ああ、もしかして)

「誰かと勘違いしてます?」

海軍本部少将サクラ・スズです、と告げると男は大きく目を見開いた。


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mokuji


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