「それは・・・どうにもできそうにねェな」

「一度お医者さんに相談はしました。けれど・・・分かったのは、原因がこの能力だということだけです」

解決策は分からなかった。

この能力とは、もちろんスズの食べたキズキズの実の能力のことを指す。
彼女が「キズ」だと判断した怪我は他人と自分の間で移動ができる能力。

それがどう影響するのか。
クザンには憶測すら叶わない。


「・・・クザンさんは私が六式を全く使えないのをご存じですよね?」

「うん。ああ、そういえばガープ隊は何かと訓練させられるんだっけ。そこで身につけちゃう奴もいるって聞いたなァ」

「私も『剃』に近いことはできるんですが・・・それでも圧倒的に戦闘能力が足りません。だから、私はある日からこの能力に頼ることにしました。」

始めは味方の傷を癒すことだけを目的とし、傷ついた海兵の間を縫うように走り回った。
けれども傷を貰うことが出来たのは軽傷の人間からのみ。
他人から受け取った激痛に耐えきれなかったのだ。

そして何度もスズは自分の無力さを現場で嫌というほど突きつけられた。

「それをどうにかしたくて、毎日身体のどこかを自虐し続けました」

始めは指先を小さい針で刺した。
次の日はナイフで少し切った。
その次の日は鉛筆で傷をえぐった。
その次の日は、その次の日は、その次の日は。

そうして今の痛みに鈍感なスズの身体ができあがったのだ。

「さて話は戻りまして。お医者さんによれば脳というのは、基本的に自己防衛のために働くそうです。だから私の脳は、ずっと自分を虐げる私に、痛みを感じさせないようになりました」

さもないと、いつか人格が破壊されてしまうから。

「今でも痛いと感じることは出来るんですが私の『痛い』は他の人の『痛い』より重要じゃなくなったんです」

「だからあまり痛がってなかったのな。でもそれと記憶がなくなるのとどう関係が?」

「脳は痛みだけでなく怪我をした記憶をも嫌ったようで・・・痛みの記憶は忘れようと働きかけたのでは、というのがお医者さんの見解です」

「あぁ・・・」

「でもそんなに上手く痛みの記憶だけ消えるものではありません。私の脳は不器用に純粋に、他の記憶も消していきました」

脳の滑稽な防衛だった。
誰も何も憎めない。
脳はスズが少なからずちゃんとしたスズとして育つように、彼女を守ってきたのだ。

脳が消去を始めて、最初こそ痛みの記憶を消してくれていたが、痛みに慣れてしまった今ではスズに痛みの記憶は生まれない。
それでも脳は一人で黙々と消去する。
その記憶がどんなものか、脳はわからずに。

「私も脳のことなんて・・・仕組みなんてよくわからないですから、結局憶測の憶測ばかりです。ただ結論として、私は物覚えが悪いということです。」

「それで、あの男の記憶も消えかかってたってことか」

「そういうことです。
他愛の無いことから消えて行く・・・先輩との思い出が消えかかっていたということはっ・・・
私にとってあの記憶が大事じゃなかったということなんです。
それが・・・私は許せなくて、自分に腹が立ちました」

「・・・」


分かってしまえば簡単な話であった。
初めて聞かされるスズの秘密とも言える話。
そんなスズを知らない、と思いながらも、腹を立てている相手が自分の頭というところが妙に彼女らしいとクザンは心の中で笑んだ。


「ま、そういうことです。だから大丈夫なんです」

ふん、と鼻息をついてスズは机の煎餅に手をだす。

(また大丈夫とか言っちゃって・・・)

でも、彼女の「大丈夫」は嫌いじゃない。



「スズちゃん、印象深いことは覚えてるんだよね?」

「・・・そうですね。そうじゃない事に比べれば覚えてい易いです。」

クザンに煎餅に伸ばした手を制止されたようで少しムッとしたがスズは素直に返事をした。


ばりっ


「じゃあ、俺と初めて会った時のこと覚えてる?」

「ごくん・・・。そりゃあもう!添い寝がどうのこうのと・・・本当凝りませんよね、クザンさんは」

ツンとそう言い放ち、手に持った煎餅をかじりなおす。

「そうか、それはよかったなァ」

「よくないです。こういうのをトラウマって言うんですよ!」

「いいじゃない、トラウマ」

「どこがっ」


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mokuji


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