日が橙に変わり始めた。
紙芝居を見終えた子たちは、それぞれ散り散りにどこかへと帰って行く。

膝を抱いて真剣に話に浸っていたスズも、ひんやりと冷えたお尻を手の甲でさすりながら立ち上がる。

「・・・」

紙芝居は、スズにも聞き覚えのある話だった。



周りの人間を恐れ、逃げるように城に閉じこもった魔王。
偉大な力を持ちながら弱い心に喰われた魔王。
彼はすべてを拒絶し、日の光からも逃げた。
白く大きな城なのに、中は真っ黒、闇の中。
魔王を慕う小さな人の子が城の外でずっと声をかける。
「恐いものなんて何もないよ」
魔王はそれでも頑なに扉を開かない。
「あなたが一人にならないように、僕はここにずっといる」
「一人になるのは何より恐い事だから」
子供は日が沈んでから新たな日が昇るまで、毎日城の前にいた。
魔王は子供の言葉を聞きつづけ、子供は魔王に話し掛け続けた。
しかしある日、その声がパタリと止む。
「あいつ、諦めたのかな」
それは魔王が城に閉じこもってから初めて口に出した言葉だった。
固く閉ざした城の扉を、ほんの少し、魔王の目よりも小さい隙間だけ開いた。
その小さな隙間には大きすぎる変化。
久しぶりに覗いた外の景色は魔王の知っているそれではなかった。
城の前にあったはずの森は拓かれ、溢れるほど白いバラが咲いている。
その白い絨毯の中にうずくまる白い頭の老人。
遠目にもその老人が事切れていることがわかった。
けれど、この老人は誰だろう?
魔王はその老人に見覚えがなかった。白いバラを植えたのはこいつなのか?
「なんて綺麗なんだ」
長く黒に慣れた目に、その白は眩しかった。
魔王は自分の避け続けた世界に目を輝かせた。

「なんだ、恐くないじゃないか」

魔王は城から出ると、バラの中で亡くなった老人をそこに埋葬した。
一年後、白いバラ園の中に一輪だけ真っ赤なバラが咲いたという。
そして魔王はその赤いバラをたいそう大事にしたという。




どこの島にも、ここマリンフォードでもよくある物語。
スズもこれに類似した話をいくつも知っている。

(でも、何度聞いても飽きない話)

この広場に出て良かった。優れなかった気分などどこかに消えてしまった。
スズは満足そうに伸びをした。
無防備になったお腹から、ぐうと切ない音がした。


「あ、おやつ・・・!」


その音で、何か甘いものを午後のおやつに買って帰ろうとしたことを思い出した。
買って帰るにはもう時間が過剰に過ぎた後だ。


「・・・今日は諦めましょう」


ふう、と下を向いてため息をついた。



「ため息つくと幸せ逃げるよー」


頭上で誰かにそう言われた。
スズには声の主が誰か分かっていた。


(聞き違えるものですか)



「クザンさん、起きたんですね」

「うん、スズちゃんいなかったし俺も外でぶらぶら」

背の高いクザンに合わせて自然と上目遣いになるスズの頭をわしゃわしゃと撫でると手に持っている紙の箱をみせた。

「! ケーキですか!」

「どう?いまから本部で食べない?」

「食べます!丁度お腹が絶望的にカラッポ状態でしたので」

「よしよし。じゃあ帰ろうか」

「はい! 美味しい紅茶お入れしますよ」


昨夜・・・今朝の事など気にしてはいけない。
気にして悩んでは足を踏み出すことができず思念の海に沈んでしまう。

歩くスズとクザンの後ろ姿は、いつもより少し距離が近かった。


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mokuji


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