薄く明るくなってきたけれど、まだ顔色をうかがえるほどは光がない。だからクザンにはスズがどんな顔をしているか分からなかった。
(・・・えっと、)
とりあえずスズはクザンを完全に拒絶するわけではないようだ。
「スズちゃんは別に悪いことしてないでしょ」
「いやあ・・・ほら、」
そっと右手をクザンのほうへ向ける。昨日、クザンの頬を叩いた方の手だった。
「痛かったでしょう?」
「あららら、あれか。痛くなかったよ。大丈夫。」
「・・・いい音がしました」
「まァね、我ながら」
昨夜の平手打ちがクザンの脳裏を横切る。 痛くなかったなんて嘘だ。いままであんなに心まで痛むような平手は受けたことがない。一晩悩まされるようなタチの悪い痛みだった。
「俺が悪かったんだよ。 差し支えなければ昨日の事はスッキリ忘れてちょうだい」
「・・・いいんですか?」
「そのほうがいいだろ?」
「いいとは言い難い、と言いますか・・・」
なんと言いますか、
(うやむやにしてはいけないことだと思う)
気恥ずかしさはなくて、スズの頭には悲しい感情が滲んだ。
「クザンさん、」
スズはクザンを真っすぐ見つめる。
「なんで私なんですか?」
「なんでだろうなァ」
「私じゃなくてもいいんじゃないですか?」
「・・・。なんでそういう事言うかねェー・・・」
クザンは一気に肩に入った力が抜けた。 安心で、ではない。落胆だ。
「俺ってスズちゃんの目に誰にでも好きっていう男に映ってんの?」
「え?え・・・?! いや、そういうわけじゃ・・・!」
「こんなおじさん泣かせて楽しい?」
「だって・・・!クザンさんが私を好きになる理由がない、です・・・」
(? 痛い・・・)
痺れるように目の端から耳へとピリリと走った痛みは涙を誘う。 スズはじわりと滲む目をこらえた。
*prev next#
[ 72/80 ]
mokuji |