徐々に明るくなる空に比べて、時間がすぎるのが遅い。 長針は全く動かないのに、カチカチと秒針の動く音がする。耳障りだ。
スズは覚めてしまった目を瞑ることもできず、普段あまり見上げない執務室の天井をじっと眺めていた。
(私がしっかりしてないから、あぁいうことになるんだ)
自分の気を晴らすために紅茶を淹れ、気を反らすために『好きだ』と言ったクザン。 何もかも、自分が原因だ。
(にやにや笑ってる暇があるなら、自分でどうにか片付けてしまわなければいけなかったんだ)
そうすればクザンは自分に気を遣うことなんてなかった。 『大丈夫だ』と愛想笑いをふりまいている暇などなかったのだ。
(不甲斐ないな・・・)
周りに気を使わせまいとしてきたことがすべて裏目に出ている現状。自分のことながらほとほと呆れる。
スズは掛け布団を頭まで被るとソファの背もたれのほうを向いて目を閉じた。 目を閉じたところで眠りに入ることが出来ないのはわかっていたが、目を開けていると頭の中がごちゃごちゃになりそうだった。
カチャ、
ドアの開く音がして、スズの胸は小さく跳ねた。
(・・・クザンさん?)
扉のほとんどに鍵がかかっている今、開いているのは唯一、クザンの部屋とこの部屋を繋ぐ扉だけ。 そう、執務室に入ってこれるのはクザンだけであった。 電気がすべて消えた部屋にひたひたと遠慮気味な足音が鳴る。
(クザンさん、ですよね?)
でも万が一、クザンではないとしたら。 スズは背筋が凍るような気分になった。
靴と床の擦れる音が聞こえる。
(・・・)
息を呑んで耳に神経を集中させる。
どうやら足音はゆっくりスズへと近づいているらしい。
(・・・ごく、)
足音が離れていくのを願いながら、息を殺した。
「スズちゃん、起きてるの?」
いつもより抑えた音量で、聞きなれた声が上の方から聞こえてきた。
スズが黙ったまま様子を伺っていると、クザンはさらに言葉を続けた。
「息を潜めてると起きてるってバレバレ。どうせなら寝息立てるフリしなきゃ」
声色が、普段よりどこか優しい。
「・・・」
「眠い?眠かったら見逃してあげよう」
「・・・眠いです」
スズは嘘をついた。
クザンはそれを聞いてフッと笑うとその場を離れる。
(逃げちゃ、だめだ・・・!)
スズは自分に言い聞かせ、掛け布団を勢い良く除けると、歩き去ろうとするクザンに駆け寄った。
「殴ってしまって、申し訳ありませんでした。私、気にしてないですから!」
本当は気にしてしまって頭がそのことでいっぱいだけれど。 耳触りのいい言葉だけ、まくしたてるようにクザンに投げかけた。
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