どんな傷を受けたって、治してしまうけれど。 痛かったということは忘れられないし、消えた傷のせいで逆にじくじくと痛み続けているような気になる。
「ただいま戻りまっ、あれ、」
スズは執務室の扉を開け、中にはいろうとした。 が、何かに扉がつっかえて開かない。
「クザンさん?」
少し開いた隙間から、クザンの青い袖が見えた。
「まさか盗み聞きですか」
「・・・大丈夫、想像以上にこの部屋の防音設備がよかったから」
しれっとそう言うとクザンは扉の前から退いた。 軽くなった扉を押し、スズは執務室に入る。
「人の話を立ち聞きするなんてよくないですよ」
「仕方ないだろ、スズちゃん知らない男にほいほいついてっちゃうんだもん」
「・・・なにか語弊がある言い方ですね。わっやめてください!頭撫でるなんて、子供扱いですか!」
わしゃわしゃ
「・・・」
クザンはスズの頭を撫でくりまわす。 無言で撫でている彼に違和感を感じて、スズは彼の顔を見上げた。
「どうしたんですか、クザンさん」
わしゃわしゃ
「辛そうな顔していますよ」
頭幾つ分も上にある彼の顔は、どこか哀しい顔をしていた。
「お腹でも空きましたか?」
そんな理由ではない、とスズは分かっている。 きっと、さっきの話を立ち聞いて気を使ってくれているのだ。
「大丈夫ですよ、クザンさん?」
わしゃ、
「目が全然大丈夫だって言ってないじゃない、スズちゃん」
「・・・では、大丈夫って目をすれば、満足していただけるのですか?」
真顔でクザンをじっと見る。
しばらくの沈黙。 自分を見つめてくるスズをクザンは目をそらさずじっと見ていた。 静かな部屋で、空調の音とカモメの鳴き声だけが響く。
「はぁ・・・」
クザンはため息をついた後、片手で撫でていたスズの頭に、もう片方の手も乗せる。
「そんなこと言う子はこうだ!」
濡れた犬をタオルで拭いてやるように、盛大に手を動かしてスズの髪を掻きまわした。
「!!」
ふんわりとした髪が空気を含んでさらにボワッと広がる。
「髪が乱れます!うわっ静電気!」
やめてください、とスズは部屋の端へと逃げた。
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