スズは背中の力もはいらず、座った体制のまま前のめりに倒れこんだ。

「神経性の毒・・・麻痺?」


「当たりだ」


「(麻痺じゃ、どうしようもないね・・・)
最初から使わないなんて、余程自信のない作戦だったのかしら」

重い唇をニッと上げる。


「うるせぇ、むかつくからやめろ。」


「図星ととらざるをえないね」


「ちっ、ここまでされときながら、まだ噛み付くのか。
賢くない女は嫌われんぞ。」


(大きなお世話だ)


「それにコレは今だから使った。解毒薬、俺の分しかねぇんだ。新種なんでな。」


(あぁ、聞いたことがあるかも)
スズの頭に海軍本部の報告書類が思い出された。


最近、海軍本部にちらちらと入ってくる報告。
薬学の研究者が気化した薬で何日も身動きが取れなかった。
海軍兵士が薬を使われて指名手配犯を取り逃がした。
薬瓶を割った船員が死んだ。ほかにもたくさん。

それらの報告すべてが、ひとつの薬につながっていた。
医療用新薬として開発された、人体を麻痺させる薬。
そして、誰が調合したのかわからない薬。
その謎と副作用のなさ、効き目から、その薬は人々へ広まりつつあった。

海軍の医務室でも手術に近頃導入されたと聞く。

(そうか、医療用の薬だから解毒薬とか作らないもんね・・・)

普通に適量を利用するならば、5時間もあれば麻痺はなくなる。
解毒薬なんてそもそも作る必要のない代物だ。


「さてと、お前には俺と来てもらおうか?」

「拒否するわ。あなたは私の好みじゃない」

スズはなおも挑発的な口調と顔をする。

「あー・・・さっきも言ったよな?うるせぇって。二度目はねぇんだ。力ずくで黙らせる」

男は拳を握ってゆっくりスズの倒れているところへ歩いて行く。


(・・・)


「散々噛みつかれて黙っていられるほど、俺はマゾじゃねぇんだよ」


(・・・じゃあ次はその喉を噛み切ってあげる)


オールバックの男はスズを最後まで軽く見ていた。
手足をもがれた負け犬が負け惜しみにスネを噛んでいたわけではない。

注意を言葉にひきつけて、スズはとっくに行動を起こしていた。


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mokuji


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