ホラー![](//static.nanos.jp/upload/tmpimg/35650/33.gif)
とても優しい手つきで、彼は私のドレスを脱がせた。 「処女か?それとも」 「違う。」 先ほどまで持っていたワイングラスのせいか、掌に比べて指先がやけに冷たい。頬から首へと撫でる手のその温度差にぞっとする。 「人を殺したのは。」 「これが3人目。」 「その割にあっさり殺す。」 くく、と笑ったときに見えた歯はまるで肉食獣のもののようで。足がすくむ。 「今から抱かれる女の顔じゃないな。」 無表情を装っていたけれど、よっぽど嫌そうな顔をしていたらしい。それもそうだ。 「....こんな死体の転がった部屋でそんな顔できない。」 クローゼットの前に、目を見開いた女が横たわっている。息はしていない。生前、数えきれないほどの装飾品を纏った事があろう首にはネックレスのチェーンと見間違えるワイヤーが巻き付いていた。ぷっくりとした唇は腐らせたような紫色を帯び始めている。 「生きていない奴なんて、物と一緒さ。」 ふん、と鼻で笑って目の前の男・ルッチは机に置いたワインを口に含んで喉を鳴らした。 やだなあ....私も喉、乾いてるのに。 グラスをまたテーブルにおいて、彼は私と深いキスをした。発酵した葡萄の香りが鼻をかすめる。 初めは撫でるように唇に触れて、うっすら緩んで出来た隙間に舌を指し入れる。歯を舐め、舌を絡める。 「.....っ」 そしてたまに、下唇を噛む。背中の筋肉にピリリと電気が走った。 苦しくて口を離してもルッチはそれを追いかけて、それを繰り返すうち後ろに下がった脚に何かが当たった。家具か何か、ひんやりとした木のような物。目を向けて私は小さく短い悲鳴を上げた。 「....きゃ」 物でなく脚だった。どろりと濁った瞳と目があった気がした。動かないはずの唇が怨嗟を紡いでいるようだ。....ぞっとする。 「....。」 「こっちにこい。」 私の揺らぐ目に気付いたのか、ルッチは二の腕を掴んで自分のほうへと引き寄せた。 重心の傾くままに彼の胸によりかかると、自然と胸板に頬を押し付ける形となった。体のどこかを動かすたびに聞こえる筋肉の軋みに規則的な鼓動。ぴたりと耳を引っ付けていると、それらは自分のものなのか彼のものなのか分からなくなる。たまに世間では『恋人が超えることのできない最後の境界線は身体という殻だ』と言うけれど、そんな殻はこうもあっさり溶けてしまう。 「....そんなに怖いのか、死体が。」 すっかり黙ってしまった私を、床の女に怯えきっているとでも思ったのだろう。ルッチは顎を私の頭に乗せて、やけに優しく肩を抱いた。日頃つけているのであろう香水の香りが薄く香った。たぶん、オレンジの花の香り。 私は少し考えてから言った。 「生きてる人間のほうが怖い。」 それを聞いてルッチは「その通りだ」と笑った。
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