あれから早くも1週間が経ち猫としての生活に多少なりとも馴れてしまった気がする。
 1週間前に負った怪我はそんなに対した怪我ではなかったようで今まですっかり足の調子がいい。仔猫なのでそこまでの俊敏さは鳴りを潜めているが元気に走り回れる程に。まだ体幹が鍛えられていないためかよくころんと転ぶので当面の目標は転ばなくなることだ。

 乙犬の生活サイクルはすっかり俺に合わせてくれているようで相変わらず昼は寮へ戻ってご飯を食べるのでこいつの交遊関係への影響等大丈夫なのかと思う程だ。学校終わり帰って来るのが遅い事もほぼなく、夜他の部屋に出掛けたりもせず自分の寮部屋にいる。
 夜いなくなるとすれば風紀委員としてローテションで組まれている点呼の時だけだ。
 今日の夜は点呼の当番らしく俺の為に通販で買い込んだらしいおもちゃやつめとぎやらを置いて大人しくしているんだぞと言って乙犬は部屋から出ていった。
 
 部屋にひとりぽつんと取り残された俺だが乙犬が置いていったおもちゃに何も心が動かされない。
 猫の本能なのか紙袋やビニール袋があると中に突撃したくなり飽きたら出るまた気になっては突撃するというような行動をしてしまうのだが、興味のないおもちゃはまったく食指を動かされる事がないのだ。
 最近わかった事だが猫じゃらしや猫が飛び付くように出来ているおもちゃを乙犬の手によって目の前で動かされたりすると無条件にじゃれてしまい俺の反応しないぞという意思よりも猫の本能が勝る事がある。

 こうして猫の本能が働く事はわかったが未だに人間に戻れる兆しがなくこのままで大丈夫なのかと焦ってくる。
 学校から俺がいなくなって1週間ちょっとともなると流石に親に連絡はいったのではないだろうか。その連絡だけが俺の希望である。
 実家で猫を飼っていたとはいえ、乙犬は俺の予想を遥かに超えるかなりの猫好きだということもわかってきた。
 暇があれば俺の事を構い倒す傾向がある。鬱陶しさ半端ないが嫌がる兆候があればすぐにやめるし、猫が喜ぶポイントをこれでもかとおさえていて、もし俺が俺の意思のない猫だったらとても良い飼い主だと思う。とても愛されている。俺じゃなくて猫がな!
 一度寮へ戻ってくると点呼の仕事がない限り出かけないので、帰宅後長い間一緒にいるが乙犬はその日1日学校であった事をこぼしたりしない。その為、人間としての俺が学校でどうなっているのかの情報が流れてこないので一向にわからないままだ。

 それにしても暇だ。考えれど進展はなく、やることもない。
 ただ何となく近くにあるつめとぎが目に入り、つめとぎに近付きそれに爪を立てる。がりがりとつめとぎをしたらつめとぎから何処かで嗅いだ事のあるような匂いがして、なんの匂いか気になり更にふんふんと嗅いでみる。

 あれ、これって確か………そう思った時にはもうぐらりと身体が傾いて倒れていた。
 まるで酔っぱらったかの如くふらふらして体勢を整えようと立ち上がろうとしても力が入らない。

 ちょっと、これは想定していなった。
 まさかつめとぎにまたたびの粉を振っていたなんて。たまにつめとぎにセットとしてまたたびの粉がついてくる事がある。とがないで欲しい壁や柱でつめとぎをしてしまう猫にここでつめとぎをしては駄目だと、つめとぎにまたたびの粉をふって興味をひかせてつめとぎにつめをとがさせる為だったり、仔猫とかにはじめてつめとぎを使わせる時にもつめとぎにするよう刷り込ませる為によく使われる手法だったりする。

 くそ、駄目だと思うのにまるで誰かに支配されたかのように何度もまたたびの匂いを嗅いでしまう。
 抑えなくてはと思うのにまたたび吸い寄せられるかの如く、またたびの粉がかかっているであろう場所をぺろぺろ舐めるのも止められない。実家の猫にまたたびをあげた時もこんな感じだったのだろうか。


 どれくらいの間またたびに夢中になっていただろうか。
 突然どくん、と大きく心臓が跳ねた。熱い。あつい。そしてどこかむずむずと身体が疼く。なにもしていないのにこの気持ちよさ。これがまたたびが与える影響なのか。
 ふわふわ、ぞくぞくしてまともに思考が働いてないように感じる。またたびを無意識に求めて、脳内はまたたびがもっと欲しいとまたたびで埋め尽くされている。またたびの虜にされた俺はひたすらつめとぎの匂いを嗅いだりつめとぎに身体をこすりつけたりと止まらない。

 思考が全てを放棄する前に飼い猫にまたたびを与えた時の事を思いだそうとする。
 確か個体差はある筈だが、猫にまたたびをあげて反応しだすのは生後三ヶ月後位から反応する猫もいれば、生後三ヶ月後ではまだ反応しない猫もいたはずだ。
 自分が今しっかりと反応してしまっているのは生後三ヶ月後で反応する性質だったのか、それとも中身が人間の16才だからなのだろうか。

 思い出せたのはその位で、どくんどくんと心拍数は先程より上がっていき、少し苦しい。心拍数に比例するように体温もじょじょに上がっている気がして息がつまりそうだ。そしてその中に快感も混ざっていて意識が混乱していく。脳がこの事態に処理をしきれていない。

 なぜこんな事になっているのか。稀にまたたびをあげると過剰反応で痙攣しだす猫もいるらしく、まさかそれの前兆なのか。そうだったら怖い、そう思った途端ひときわ激しく心臓が脈打つ。

────────どくんっ。

 心臓が跳ね、全身を引き裂かれるような鋭い痛みとどこからか沸き上がるとてつもない快感。その2つの感覚にびくんと身体が過剰反応した瞬間、突然異変が起きた。
 あまりの激痛と快感に見舞われ、一瞬の出来事に何が起こったのか瞬時に理解出来ない。ふーっ、ふーっと息が乱れていて呼吸を落ち着かせると、激痛と気持ちよさが少しだけ静まった。

 そして視界に入った手に驚く。人の手だった。
 これってもしかして…………またたびの影響はまだありありと残っていて、身体は熱いし、ふらつきも酷いが姿見までどうにか行く。姿見でその姿を確認するとそこに見えたのは紛れもない人間?の俺だった。

 顔、身体、身長は事故に合う前の俺なのに、一部分に変化が起きている。
 何故か頭からぴょこっと垂れた耳が生え、尻からは尻尾が生えゆらりと揺れている。
 これは猫になってしまった名残なのか完全に人に戻れていないのかが自分では全く把握が出来ない。

 耳と尻尾のせいで不完全体。そしてこの耳と尻尾の処理ををどうしていいかわからないが、人間に戻れた以上もたもたしていられない。
 この姿を乙犬に見られたら終わりだ。
 まだまたたびに身体は支配されたままだが、ここはとにかくどうにか切りぬけるしかない。
 猫から人間になったせいかすっぽんぽんの姿で、このままでは外に出られないので乙犬には悪いがあいつの服を借り急いで自分の寮の部屋に戻る準備をしなくてはと寝室にあるクローゼットへ向かった。



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