昼御飯を食べた後満腹になった俺はまた寝ていたらしい。恐るべき猫の習性である。寝ても寝ても眠いだなんて。
 しかし勉強もせず寝てご飯食べて遊ぶ生活を送れるのかとおもうと猫というものも中々。いやいや、そんな考えは冗談でもやめておこう。
 人間としての未練はありありと残っているのだ。猫もありかなんて思いを抱いた時点で人間に戻れなくなるなんて事があったらそれこそ手遅れになる。

 まあ、人間に戻れる保証なんてどこにもないんだけど。
 それにこの猫の器自体が何なのか、俺の人間としての肉体はいったい何処にいったのか。既に俺の人間としての肉体がこの世から確実に消失しているのであれば、開き直って猫として生きれたかもしれないが些か謎が多すぎて身の振りに困っているのが今の現状。

 昨日の事を振り返ってみると謎をとく鍵になるのはあの助けようとした黒猫になるのだろうか。
 しかし忽然と姿が消えてしまった以上その猫を追うことも出来ない。
 調べようにも思考は人間なのに身体が猫じゃ行動に制限がありすぎて思うようにいかないのは目に見えていて八方塞りだ。

 そんなまとまりもない事をぐだぐだ考えている内に乙犬は学校を終えたようで寮へ帰って来た。
 乙犬は帰ってくるなり俺をぐしゃぐしゃ撫でる。
 乙犬の顔を見ればなんだか疲れたような顔をしていたので、一応今は世話になっているわけだし朝めちゃくちゃ愚図って迷惑をかけた事もある。大人しく撫でさせてやろうとされるがまま撫でられる。戻れることへの手掛かりも何もつかめない内はとにかく従順にだ。
 それに疲れた時はアニマルセラピーがあってもいいと思う。寮へ入ってしまった為に今は会えないが、昔は俺も疲れた時や嫌な事があった時は帰宅をするなり飼っていた猫に癒されていた。猫特有の気まぐれさに甘えさせてくれない時もあったけれど。でもそんな所も可愛い魅力のひとつだ。

「ただいま、いい子にしてたか?」

「みゃー」

 勿論いい子にしてましたばりに鳴いておく。まぁ、いい子にしていたか以前にほとんど寝ているばかりで悪い事なんて出来ないんだけど。
 ん?悪い事?その言葉にふと思いつく。足の怪我が治ってある程度自由が利くようになったら乙犬の粗捜しをするのはどうだろう。いくら乙犬だろうとひとつくらい弱点はあるのではないか。
 これは良いことを思い付いた。乙犬の弱味を絶対握ってやる。そして人間に戻れた際に乙犬には悪いがその弱味につけこみ、風紀委員長に付きまとわないようにさせれば俺は平和な日常生活を送れるのでは?完璧、俺は天才だ。

 そんな良からぬ思いを考えている間に乙犬はひととおり俺を撫でて満足したのか、制服から部屋着に着替えて朝と同じように手際よく夕飯を作り始めていた。
 くそぅ、良い匂いだ。なんなんだイケメンで頭もよくて風紀委員に抜てきされて飯も作れるとかハイスペック過ぎるだろ。そんな乙犬の美味しそうな夕飯を眺めつつ俺は用意して貰った猫缶を頬張った。


 夕飯後、昨日はうとうと微睡んでしまったが、今日こそは一緒に風呂に入れて貰おうと思っていたのに気付いたら乙犬は既に風呂に入ってしまっていて慌てて風呂場の扉の前まで移動し扉をカリカリする。
 男と一緒に寮部屋内の狭い風呂に入るなんていつもだったら絶対ごめんだが、嗅覚が鋭くなったせいだろうか、なんとなく感じる獣の匂いが落ち着かないのだ。

 しかも普通だったら猫は毛繕いをして身体を清潔にするが、俺も猫みたいにと毛繕いをしてみたものの口の中に入ってくる毛が気になって挫折した。異物感が拭えないのは致命的である。
 そう思うと己で清潔に出来ず匂いも気になるとなればより風呂の入りたさは募る。あと人間だった時のルーティーンとでも言おうかやはり湯船に浸かりたいのである。

 本来猫はそこまでお風呂に入れたりしない。かなりの割合で水を怖がって暴れたりするし、人間用のシャンプーやボディーソープは猫の肌や毛によくないので人間が風呂に入ってる時にそうそう一緒に入ったりはしないだろう。

 乙犬自体も風呂にまで乱入するとは思っていないのか、扉の前でカリカリしていてもまったくもって反応がない。この可愛い俺を放っておくなんてどういう神経をしているんだ。
 まぁ、水音で気付いてないんだろうけど。気付け!と諦めず、ずっと浴室の扉をカリカリしていると漸く気付いたらしい。がちゃりと扉が開き足元の俺に視線が移り、俺は浴室へと滑り込む。

「あ、こら。お前足の怪我治ってないんだからここ来たら包帯濡れるだろ」

 乙犬は怪我を気にしてか俺を捕まえて外に出そうとしてきたので、乙犬の足元をすり抜け浴室の奥へと移動した。乙犬はそんな俺を掴まえようと俺の方へ迫ってくる。
 足の怪我?そんなのはどうでもいい。
 すっかり忘れていたのである、ここが大浴場のような公共の施設ではない=前を隠さないって事に。
 風呂場に侵入した小さな俺を立ったままだと掴まえ難いのか、乙犬はしゃがみこんで俺を捕まえようとしたお陰か乙犬の乙犬が眼前に迫りそのナニを見て固まる。

 で、でかい……いや、普通の状態でそれって。あ、今は猫で小さくなってるから余計に大きく見えるのかと現実逃避をしたくなる程に。
 その俺だって小さいわけじゃないぞ。普通だ、普通。でも乙犬の平均よりも大きいであろうものに圧倒し、固まった隙にまんまと捕まり外に出されそうになったのでじたじた暴れ手の中からどうにか逃げ風呂場の角に行く。

「みゃー!!!」

「そんなに風呂入りたいのか?変わったやつだな……」

 しょうがないそんな呟きが聞こえ、乙犬は脱衣場で軽く身体を拭きリビングの方へ行ったかと思うと透明のポリ袋に猫用のシャンプーとブラシを持って風呂場に戻ってきた。

 乙犬は俺の首輪を外し、ひととおりブラッシングを終えると、ささっと怪我をしている右の後ろ足にポリ袋を被せゴムで止め、シャワーヘッドを持ちお湯の温かさを調節してから後ろ足の方からシャワーをかける。
 待ち望んでいたはずなのに一瞬シャワーをかけられた瞬間水を怖いと感じびくっと身体が反応したのはやはり猫としての本能が働いたのだろうか。

 ちょうど良い温度のシャワーで耳を濡らさないように身体全体を濡らし終わると、乙犬は風呂の椅子に座り俺を抱えると太腿の上に降ろして猫用のシャンプーで身体を洗い始める。
 猫用のシャンプーにしては珍しく匂いがついているものだったのか微かにフローラルな匂いがした。いつも自分が使っていたシャンプーの匂いじゃない事に違和感を覚えつつこれなら獣の匂いも気にならないかもしれない。

 顔を避けて背中お腹と前足と洗われている最中はなんとも思わなかったがいざ乙犬の手が尻尾の付けね部分辺りにくるとくすぐったくて無意識にバタバタしてしまう。

「ふみゃっ」

「もう少しで終わるから大人しくしてろ」

 そして尻尾や下半身部分にまでくると完全にアウトだった。乙犬にとってはただの仔猫のなんともない部分かもしれないけど、俺にとってはデリケートゾーン+尻尾は猫にとって触られるのは苦手なようだ。
 一瞬お前のデリケートゾーンにも噛みつくなりしてやろうかと考えついたが、いや、いくら猫だからといえ乙犬のそれに口をつけるような行為をするのはないと思いうえっとなる。完全なる自爆である。

「にゃっ、んみゃ」

「ほら、終わった!後は流すだけだから、な?」

 あああ、不覚である。下半身を好き放題に洗わたとは言えちょっとでも乙犬の手でびくびくしてしまうなんて!!!
 仔猫だとしてもやっぱり中が俺だからちょっとそういうところ触られると気持ちよく感じるのか!なんなんだ!
 風呂には入りたいが自分で身体が洗えない限りこうして乙犬の手を借りるしかないがこんな事が暫く続くのか……ないわ。

 そんな自分にしょんぼりしている内、乙犬は泡をシャワーで流してくれ、洗面器にお湯をはりこちらの様子を見てくるので浸かるか試しているらしい。
 そりゃ、ありがたく浸かりますよ。日本人だもの。お湯が跳ねないようにそろりと洗面器に入り座るとじんわり感じる温かさにみゃーっと声が漏れる。やはりお風呂は最高だ。
 湯船の中があまりににも気持ち良すぎて先程の事は水に流すかという気分になる。デリケートゾーンをもみくちゃにされた羞恥心なんて最初からなかったと。だって猫だし、とお風呂の度にいい聞かせるしかないだろう。
 このまま猫で生活をしていかなければならないなら、どう考えてもお風呂に入る事に軍配を上げるしかないのだから。

 洗面器の中で大人しくしている俺を見て、バスタブのへりにそっーと洗面器を移すと、乙犬も湯船に浸かり濡らしたタオルで先程シャンプーでは洗えない部分の顔まわりを拭いてくれた。
 それから暫くして風呂から上がると俺の全身を優しくタオルで拭き、丁寧にブラッシングをしながらドライヤーで全身の毛を乾かす。シャンプーで良い匂いな上に更にふわっふわになった毛に大満足だ。
 乙犬が自分の髪の毛を乾かし始めると、ご機嫌な俺は乙犬に構えとばかりにドライヤーのコードにじゃれついたのであった。



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