人生何があるかわからないと人は言うがそんな事は他人事だと思っていたのは昨日までで今この事態をどうするか途方にくれていた。

 猫実 珠稀(ねこざね たまき)2学年に進級したばかりの男子高校生である。両親と離れて1年と少し全寮制の生活にもなれ順風満帆な人生を送っていた。
 学校が終わりたまたま街に用事があり外出していたが、門限がある為に寮へと帰路についていた。
 その途中ふと車道を見れば車に轢かれそうになっている黒猫が視界に入り思考より先に体が動いて黒猫を助けようと車へと駆け寄る。
 なんとか車が黒猫にぶつかる前に抱き抱える事に成功し、すぐさまその場を離れようとするが車はもう自分のそばへと迫っていた。必死にその場から離れようと動く。
 キィーだかキュキュキュとあまり聞くことのない車の急ブレーキ音。車はブレーキを踏んで減速し始めている。けれどもその車のスピードはまだ速く直感として避けきるのが間に合わないと反射的にぎゅっと目を瞑っていた。
 その後すぐ車と激突しばんっと音と共に吹き飛ばされ目をあけたら胸に抱き抱えていた黒猫はおろか自分がいなくなっていた。

 自分がいなくなっていたと言う表現はおかしいかもしれないが確かに俺という人間はいなくなり気付けばそう自分は猫になっていた。
 やけに低い視線に最初こそは吹き飛ばされ歩道に倒れているせいだと思った。
 立ち上がろうとした時にその異変に直ぐに気付く。まっすぐ直立に立ち上がれない。車に轢かれたせいだとも思ったが自分がどうにか立ち上がろうとすると4足でしか自分の身体を支えられないのだ。
 どうにもおかしいとぺたんとおしりを着くよう恐る恐る座り手を上げてその手を見ると茶色にたまに混ざる白いふわふわの毛、掌には人間にはない肉球が。ぺたんと座ったおしりに感じる違和感は付け根にある尻尾が原因だと知らしめさせられる。
 泣きたい、喚きたいがその口から漏れるのみゃーと言う頼りない鳴き声だった。

 その長いようで短い時間、黒猫を轢きそうになっていて、そして俺を轢いてしまったであろう運転手は辺りをきょろきょろ見渡していた。
 確かに人を轢いた筈なのにその人物はおろか黒猫すらいず運転手は狐に摘ままれた顔をして再度車に乗り車を走らせこの場を去っていってしまったのである。

 派手な音はしたが車は無傷で轢いたであろう人物もいない、だからといってもっと周囲を調べるべきだと思わずにいられない。これでは轢き逃げじゃないかと腹が立ち走り去った車を追いかけ走ろうとするとずきりと右の後ろ足が痛んだ。
 ぶつかった時に負ったのか、吹き飛ばされ落ちた時に擦りむいたのかわからないが後ろ足から僅かながら血が滲んでいてとてもこの足では追いかける事が出来なかった。

 そして現在猫になってしまった自分がいかに窮地に追い込まれているのかということだ。
 両親の元に行こうにもに此処からは遥かに遠い上に猫のまま飛行機に乗れるはずもなく、だからといって全寮制の高校に入るまで住んでた家は貸家として他人に貸しており帰れるはずがなかった。
 何故俺が現在全寮制の高校しかも男子高校になんか通っているかと言うと両親の事業が成功し会社が大きくなり海外に会社が移る事になったからである。
 両親に一緒に海外に行こうとは言われたが英語は出来ないし何より日本が好きな俺である。親にしてみればとるに足らない年月しか生きていないがせっかくの友達に会えなくなるのも嫌だしと考えると日本を離れるそんな選択肢はなかった。
 どうにか両親を説得し日本に残る事を認めて貰ったが日本に残る条件は成人もしてない子供一人を今まで住んでいた家に一人で暮らすのは管理も行き届かない上に防犯上危ないという理由により全寮制の高校に入ることだった。

 そういった事情によりとにかく両親の元に行けない以上とりあえずまだ近い寮へと戻る事を先決するしかなかった。
 自分の部屋に入れるかもわからないが学校へ戻りなにかいい案を考えるしかないとひょこひょこ右の後ろ足を庇いながら学校の寮へと向かうバス亭に向けて歩き出す。

 歩いてみて当たり前の事だが人間の歩行の一歩と猫の歩行の一歩はかなり違いバス亭までが遠く感じる。
 軽やかにとことこと歩ければまだマシかもしれないが右の後ろ足を庇っている為に歩みが遅いせいもあるだろう。
 それをもどかしく感じながら学校行きのバス亭ももう少しで着きそうな距離まで近付いて来た。
 近付くにつれバス亭まで行くという事しか考えてなかったが、猫が普通にバスに乗るのはどう考えてもおかしい。運転手に見付かれば問答無用で下ろされてしまうだろう。そうならないよう山奥にある学校行きのバスにどうやって乗るかと頭を痛める。
 こうなった以上どうにかこっそり運転手と乗客に見付からないように死角になるような所に忍び乗るしかないだろう。
 もしバレて降ろされたら人の足ですら2時間かかる場所にある学校への道をこの小さい猫の姿で2時間+数時間かけて歩くのは足を痛めている事もあり絶対に避けたい。
 平日に街に来る生徒は滅多にいないのでバス亭に学園の生徒がいない事を祈るしかなかった。

 そんな事を考えている間にバス亭に着くとそこには俺の天敵とでも言おう乙犬 咲哉(おといぬ さくや)がいた。
 なんなんだ今日は厄日なのかと思わずにいられない。こいつ自体は悪い奴ではないのはわかっているがこいつは風紀委員長の犬である為に俺の心がこいつを受け付けない。
 元より髪の色素が薄い為に染めてないと何回言ってもわからない委員長の駒として動いてる奴なんか信用出来るわけがない。

 まだバスは来ていないがよりによってタイミングが悪すぎる。
 バス亭付近には乙犬と俺しかいない。
 乙犬がいる限りはバスには乗るのは危険だ。乙犬が乗った後に死角に隠れてやり過ごすしかないだろう。
 まて、ここから乙犬が見れるということは相手からも俺が見えると言うことに気付き視界に入らない方が良いだろうと思った時には遅かった。
 乙犬は俺を視界に入れてこちらをじっと凝視している。なんだどうしてそんなに俺を見るんだ。もしかして人間に戻っているとか?と己の前足を見るが猫のままだ。

 なんでそんなにこっちを見てくるんだどきまぎし、バスが来る迄は一旦この場を離れ物陰に避難しなければ。バスが着いたらまたそっと近付けばいいとその場を離れようしたが乙犬は俺のすぐ前にいた。
 猫の性か近付いてきた乙犬に警戒して尻尾が逆立ちぶわっと膨らむ。じりじり後ろに後退し始めた時には乙犬の腕に抱えられていた。

「大丈夫、危害は加えない」

 それはとても優しい声色で、学校でいる時よりも何段階も優しい雰囲気にびっくりして固まる。
 なにより抱き抱えられせいで間近で見る乙犬はいつも通りイケメンで腹立たしい。むしろイケメン度割り増して見える。イケメン滅せよ。

「怪我をしている。首輪はないがまさか捨て猫か?」

 怪我をした場所をそっと撫でられるがその痛さにびくっとし無意識に爪を立ててしまう。
 それを悪く思ったのか喉を優しく撫でられその手つきが気持ちよくごろごろと喉が鳴り猫の条件反射とは言え嫌いな奴の手で喉をごろごろ鳴らしてしまった事が悔しい。

 そして俺を腕に抱えたまま突然バス亭を離れ出す乙犬に何をするんだ放せとじたばたするが所詮猫の力である。そう簡単にその腕から逃れる事は出来なかった。
 どうもがいてもその腕から逃れられず疲れた俺は半ば諦めた形で乙犬の腕に収まる、どこに連れていかれるのか怯えるしかない俺がいかに無力なのかを知る。
 乙犬に拉致られこれからどうなるんだと考えこんでいる内にカランと音と共にドアをくぐった。乙犬が何処かに入り俺はきょろきょろと中を伺う。そしてそこがどこなのかすぐにわかった。

 動物病院。受付には獣医服をきた綺麗なお姉さんが立っている。待合室にはタイミングがよかったのか誰もいない。
 まさか動物病院につれていかれると思ってなかった俺は驚く。
 乙犬がこんな得体も知らない猫をいくら怪我をしていたとはいえ動物病院に連れ行くとは思えなかったからである。
 乙犬の腕から離され、獣医がいる治療台へ降ろされスムーズな手つきで怪我の治療をされる。
 ぽかーんとなんで?どうして?そんな事ばかり考えている間に治療は終わっておりどれだけ長い時間驚いていたんだと自分自身に呆れた。


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