そうだ、丁度いいから隊長さんに見張っててもらいなさいな、
と言うエレノアの言葉に、見張り?と首を傾げれば、
その言葉で全てを理解したらしいマルコさんが、ああそういうことかと頷いた。



いざ、



「…お風呂に入るのに、見張りがいるの??」

頭に疑問符を飛ばしながらエレノアに聞けば、
苦く笑った彼女が、口を開く。

「えぇ、暴力を振るうような人は居ないけど、覗きくらいは、あるかもしれないから。」

え、と目を見開けば、船にはひとつ大浴場があって、
時間帯を区切って男女ともそのお風呂に入るのだと教えてくれた。

「いまは島に着いてるから、宿をとってる人が殆どだし大丈夫だとはおもうけど」

一応、用心するのに越したことはないわ、と拳を握る彼女。

「え、いやいや、わたしの風呂を覗こうとかいう物好きは居ないとおもうよ。」

だからお風呂の場所さえ教えて貰えれば大丈夫!

笑って顔の前で手をひらひらさせながら言えば、
頭の天辺を突然がし、と大きな手に掴まれてぐり、と無理矢理頭の向きを変えられた。

「あだっ!…うわ、マルコさん顔近、ぃ、…!!!」

慌てて距離を取ろうとするも、
どう見ても怒っているようにしか見えないマルコさんを前にして動きがびたっと止まる。

「…つい一昨日、男に囲まれて犯されそうになってたのはどこのどいつだよい。」

そんなに犯されてェんなら、いまここで犯してやろうか?

地を這うような声が聞こえて、これ以上寄りようが無いくらい
眉間に皺を寄せたマルコさんが至近距離で眼光鋭く睨みつけてくる。

正直ちょう怖い。
あと掴まれた頭がちょう痛い。
あと発言がちょう物騒。

もうこうなったらわたしに残された選択肢なんてひとつしか無い。


「ハイすみませんでした、是非見張りをお願いシマス。」


若干引き攣っているだろう顔でそう言えば、
最初っから素直にそう言やァいいんだよい、と
わたしの頭をギリギリと締め付けていた手がぱっと離れる。

エレノアに助けを求めるように視線を送れば、
いまのはヒロが悪いわね、と笑われた。
…何故!!!


あんまりごねて時間を取らせるのも申し訳無いし、観念してベットを降りる。

そんなに突然筋肉質が治るわけも無く、全身ギシギシいってるし、
右足の切り傷が突っ張って痛いけど昨日よりは大分良い。


いってらっしゃい、と笑顔のエレノアに見送られて、
マルコさんの後ろについて医務室の外に出る。

揺れる床に慣れないのと、うまく足に力が入らなくて少しよろければ、
前を歩いていたはずのマルコさんに腰を支えられた。

「わ、ありがとうございます…っ!」
「…歩くのが早かったかい?」
「や、あの、船の上ってあんまり歩いた事がなくて…」

気遣うようにそっと腰から手を離してくれたマルコさんに、
慣れないだけなんです、と言えば、ああ、と納得したような声が返ってきた。

「ヒロの世界じゃあ、海すら見えなかったもんなァ。」
「…マルコさん、寂しそうでしたもんね。」
「…そうだったかい?」

少しバツが悪そうに目を逸らしたあと、わたしの手をとって
殊更ゆっくり歩いてくれるマルコさんに、そうですよーと言いながら、
出来るだけ早く歩けば、気のせいだろい、と腕を引かれた。

「…無理して早く歩かなくてもいい。」

ゆっくり歩けよい、と笑ってくれるこの人は、本当に優しい人だ。

相変わらずだなぁと思わず頬を緩ませる。

「でも、向こうでこちらの話をしてくれたとき、
島に着いてからは暫く忙しいって言ってましたよね?」

大丈夫なんですか?と問えば、
おれ以外に隊長は15人も居るんだ、心配するな、と頭を撫でてくれた。

本当に?と眉根を寄せて睨むようにマルコさんを見れば、大丈夫だ、と柔らかく笑う。

「甲板を抜けたらすぐ風呂だ。ゆっくり入って来いよい。」

言いながら、マルコさんが甲板への扉を開ける。

瞬間、見えた景色にわたしは釘付けになった。

「わ、あ…!!」

左手には緑が生い茂る島と砂浜。
右手にはどこまでも続く青海原に、
どこまでも広がる青い空。

全てがキラキラと輝いて見えて、無意識に口から 綺麗、と溜息とも声ともつかない音が漏れる。


「これから毎日、飽きる程見られるよい。」

そう言うマルコさんも、やっぱり愛おしそうにその景色を眺めていて。

この人は本当に海が好きなんだなぁと改めて実感する。

暫くその景色に見惚れたあと、うっかり立ち止まってしまっていたことに気付いて、
すみません、行きましょう。と声を掛ければ、
ん、行くかい、と柔らかく笑ってくれた。












相変わらず手をとって歩いてくれる
貴方の優しさに、胸がじんわりする。


(ここが風呂だよい。)
(え、広…ッ!)
(外のドアの前に居るから、寛いでこいよい。)
(広すぎて落ち着きません…!!)



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