ベットの近くに置いてあった手鏡を勝手に拝借して、
起き上がって自分の顔を見てみる。

(…うーん、確かに見た目に痛々しい、かなぁ。)

これ、剥がしたら駄目なのかなぁ。
横になってゴロゴロしてる間に大分ビラビラしてしまったガーゼを軽く摘んだら
ペリ、と小さな音がして取れてしまった。

「あ、取れちゃっ……うわぁ、青紫。」



会ってみたい、とは思っていたけど。



取れてしまった(正確には取ってしまった)のをいいことに、
ガーゼの下を見たのは失敗だったのか。

左の頬…というか、顎の辺りが物の見事に青紫色になっていた。
結構がっつり殴られたもんなー。

指先で青紫の部分を軽く押したらずくりと鈍く痛んだ。

(…これは、悩むなぁ。)

ガーゼしてるのとどっちがマシなんだろう。

一人でうんうん唸ってたらすぐ傍のドアがカチャリと開く。

そこから出てきた人物は、昨日と同じ綺麗なお姉さん。

「あら、ヒロ。早起きね。」
「あ、エレノアさん、おはようございます。」

殆ど眠れていないだけなのだとは言えず、
苦く笑って挨拶をすれば、綺麗な笑顔とおはよう、というよく通る声が返ってきた。

「さん、なんて擽ったいわ、呼び捨てにして?」
「え、」
「さん付けたら次から返事しないわよ。」
「え!」
「あら、ガーゼ取れちゃったのね。」
「あ、すみません。」
「いいのよ、どうせそろそろ張替えなきゃだったし。」

にこ、と笑って、腫れは大分引いたわね、と言いながら、
わたしが手に持ってたガーゼをひょいと摘むと
ベットの脇に置いてあるごみ箱に投げ捨てた。

カチャリ、と消毒用の道具をサイドテーブルに乗せて、
キシ、とベットを軽く軋ませてエレノアさ…エレノア、がわたしの隣に座る。

「…女の子の顔を、こんな色になる程殴るなんてどうかしてるわ。」

綺麗な形の眉を歪ませて、エレノアの柔らかい手がわたしの頬に優しく触れた。

「この船にはそんな男はいないから安心してね。」

にっこりと笑ってくれたエレノアに、笑顔で返す。
ふと悩んでいたことを思い出して、あの、と声を掛ければ、
なぁに?と可愛らしく小首を傾げて話を聞いてくれた。

「今日、この船の船長さん…白ひげさんに、ご挨拶をしに、行くんです。」
「あら、やっぱり暫くこの船に乗るのね!」

嬉しいわ、と手を握ってくれるエレノアに、
やっぱりって?と首を傾げれば、一番隊の隊長さんに話を聞いたの、と。

(流石マルコさん、だなぁ。)

思わず口の端が緩んで、物思いに耽りそうになったところで
エレノアさんの声にはっとする。

「で、船長さんに会いに行くのに何か問題でもあるの?」
「あ、あの、このまま行くのと、ガーゼ貼ってくのと、どっちが無礼じゃないですかね?」

うぅん、そうね、と口に手を当ててわたしの顔を綺麗な翡翠色がじっと見つめる。

少し恥ずかしくなって視線をさ迷わせれば、
考えておくからお風呂に入ってらっしゃい、と言われた。

「え、そんな、挨拶したあとで…!」
「挨拶したあとなんて、きっとそんな余裕無いと思うわよ?」

えぇぇ…!確かに気持ち悪いしいますぐお風呂入れるならそれはそれで有り難いけど、

(そのあとお風呂にすら入れない挨拶って一体…!)

なにをさせられるのかと不安になる。
かと言って、この世界で頼れる人なんてマルコさんしか居ないし、
この船でお世話になる以上、船長さんに挨拶しないなんてことは出来っこない。

ぐ、と拳を握り締めたところで、エレノアが着替え貸すわね、と出てきたドアに入って行った。

着替え、と聞いてふと思い出す。
…あれ、そういえばわたしのTシャツって破られた気がするんだけど、
じゃあいま着てるこれは…?

視線をシャツにやって、見覚えのあるその色に目を見開く。

(…この派手な紫、は、)

持ち主の顔が脳裏に浮かんだとほぼ同時に、医務室のドアがノックされて
正にいま思い浮かべた人物が入ってきた。

「…マルコさん、」
「ヒロ、起きてたのか。」

おはよう、と柔らかく笑うマルコさんにおはようございます、と返せば、
あっという間にベットの横まで歩いて来たマルコさんにくしゃりと頭を撫でられた。

「…酷ェ色だな。」
「え?あ、」

触れるか触れないかくらいの力でわたしの頬に触れて眉を顰めるマルコさんに、
そういえばガーゼを取ったままだったのだと思い出す。

強く押したりしなきゃたいして痛くないから大丈夫ですよ、
と笑ってみせれば、無理すんなよい、とまた頭を撫でられた。

あれ、いまのは別に無理したつもりは無かったんだけど。

口を開こうとしたところで、腕に紙袋を抱えたエレノアがすぐ傍のドアを開けて顔を出す。

「あら、お邪魔だったかしら。」

にんまりと笑うエレノアの顔は物凄く見覚えがある笑顔だ。

「だから、そういうんじゃないんですって。」

半分呆れたように言えば、口に手を当ててうふふと笑う。

「これ、とりあえずの着替えとタオルよ。」
「わ、あ、ありがとうございます!」
「ございます、は要らないわね。」

先刻言わなかったかしら?と言う彼女に、言ってませんよ、と返せば、
じゃあいま言ったわ、と軽やかに笑われてしまった。

「あー、えぇと、ありがとう?」
「ふふっ、どう致しまして。」

言うと同時に頬に柔らかいものが当たった感触。
ちゅ、と軽いリップ音が聞こえて、キスされたのだと気付く。

思わず柔らかい感触があった部分に手をやって口をぱくぱくしてしまった。

「え、えれのあ…っ!」
「うふふ、ごめんなさい?つい。」















つい、でちゅーされるとか心臓が持ちませんが!
外人クオリティ半端ないな!

(ふふっ、隊長さん、顔が怖いですよ?)
(…気のせいだろい。)



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