「どうだァヒロ、”鼻水”は治まったか。」
「…白ひげさんのそういうところ、マルコさんとそっくりですね…。」

親子って感じです、と。
恥ずかしいことを蒸し返されて熱くなった頬を押さえながら、白ひげさんをジトと見る。
それを気にした風でもなく、相変わらずの豪快な笑い声を響かせて
「嬉しいことを言ってくれるじゃねェか」なんて言うものだから、
ついうっかり「や、いまの嫌味ですからね?」と返せば、白ひげさんは殊更大きな声で笑った。



おおきなひと



あのあと、報告はこれで終わりだから、と部屋に戻ろうとしたときに、
「お前はちぃとここに残れ」と白ひげさんに呼び止められた。
マルコさんにまだ用事があるのだろうと、じゃあわたしお腹空いたんで食堂に行ってますね、と言って
軽くお辞儀をして部屋を後にしようとしたわたしを見て、白ひげさんが
「話があるのはてめェだ、アホンダラァ」とか言ったものだからびっくりした。
どうやらマルコさんもびっくりしたようで、目を真ん丸くしていたのを思い出すと少し笑ってしまう。
「なんだい、おれが居ちゃァ出来ねェ話かい?」と、
冗談めかして言っていたけど、少し焦ったような、傷付いたような顔をしていた。
今頃船のどこかで落ち込んでないといいけどなぁ。

(わたしになんだかんだ言うけど、マルコさんの方がよっぽど溜め込んでるとおもうんだ。)

大丈夫かな、と、ふとマルコさんの出て行った扉を見たときに話し掛けられたのが、冒頭のアレだ。

なんだ、心配事か?と、ニヤリと笑う白ひげさんには、
なんかもう全部バレてるんじゃないかとおもう。

「や、あの…マルコさん、落ち込んでたみたいだったから…大丈夫かなぁ、と。」
「ほォ、あいつが落ち込んでるなんざ、よくわかったじゃねェか。」
「え、マルコさんて意外とわかりやすいですよね?」

まぁ不機嫌とご機嫌のツボはイマイチ解りかねますけど、と首の後ろを掻けば、
白ひげさんがこの笑い声で船が揺れるんじゃないかってくらい勢いよく笑った。

「グララ…そうか、あいつァわかりやすいか。」
「え…いやあの、そう改めて確認されると自信ないですすみません。」
「…おめェ、マルコの奴たァひと月ばかし一緒に過ごしたんだったか。」

あいつの様子がどんなだったか教えてくれ、と、
父親の顔をした白ひげさんが目を細める。
それにつられるように笑って、彼が突然あの部屋に現れた日からのことを詳細に話した。
マルコさんがあの時の話をあまりしたがらないとサッチさんから聞いていたから、
話してもいいものかと一瞬悩んだけど、白ひげさんだったらきっと大丈夫だろうと話し始める。

仕事が終わって家に帰ったらそこにマルコさんが居たこと、
部屋が荒らされててちょっと腹が立ったこと、
一日目の夜はわたしの記憶が無くて(白ひげさんに理由を聞かれて、
渋々振られた自棄酒ですと答えたら酷く笑われた。
…笑われるとおもったから最初言わないでおいたのに。)、
目が醒めたらマルコさんが部屋を片付けてくれてたこと、
そのときマルコさんが床を拭くのに使った雑巾は本当は台拭きだったこと、
そのあと一緒に図書館に行ったこと、
その帰りに痴漢に遭って助けてもらったこと(痴漢てェのはなんだって聞かれたのは恥ずかしかった)、
次の日買い物に出掛けて電車に乗ったらマルコさんが必要以上に警戒してくれてちょっと恥ずかしかったこと。

本当に細かい話までなんでも話して、その間白ひげさんはそれを楽しそうに聞いてくれた。

「…まぁ、そんな感じで、マルコさんが帰った日は殆ど寝てました。」
「最後だけやたらと割愛したじゃねェか。」
「あ、う、いや、そこはさらっと流して頂けると…。」

お宅の息子さんにベソかきながら抱きついて寝て、
そのあと更に手ェ繋いで一緒に寝ましたとか流石に言えないんですが。
大体泣いた理由自体、マルコさんはいつか帰っちゃうんだなぁと思ったら寂しくて、とかえらく恥ずかしい。
あ、なんかかおあつくなってきた。
おもわず俯いたわたしに構うことなく、いいから話せと急かされる。
どうしても話さなきゃ駄目かと聞けば、マルコさんもたまにする悪そうな顔で、
話すまではこの部屋から出せねェなと笑った。

「…白ひげさん、本当にマルコさんと血繋がってないんですか。」
「どういう意味だそりゃァ。」
「先刻のアレとか、そういう、言い出したら聞かない感じとか、」

そっくりすぎて血が繋がってないってほうが不思議です。

唇を突き出すようにしてモゴモゴとそう言えば、グララララ!と
楽しそうにと言うのか嬉しそうにと言うのか、笑った白ひげさんに首がもげるんじゃないかってくらい激しく頭を撫でられた。

暫くして解放された頭は若干揺れていて、
それを支えるようにして押さえながら観念する。
「泣いた理由は、マルコさんには内緒にしてくださいね」と、白ひげさんとの距離を詰めた。


「…というわけでですね、あとは泣き疲れて寝てしまったんでよくわからないです。」

ちょいちょい内容を省きつつ昼寝したところまでを説明すると、なんだか感慨に耽っているような雰囲気の白ひげさん。
あのマルコが、他人の心配をなァ。
多分誰に聞かせるつもりで発したわけでは無いのだろう言葉にうん?と首を傾げる。

「マルコさんはいつもひとの心配ばっかりしてますよね?」

少しは自分の心配をすればいいのにといつもおもうんです、と
眉間に皺を寄せて言えば、そうか、お前はそんなにアイツに大事にされてたかと双眼を細めて。
からかいの色を含まないその言葉に、やっぱり頭の中に疑問符が増えた。
だってわたしはひとを大事にするマルコさんしか知らない。
…いや、痴漢に対する態度は痴漢されたのにも関わらずその人に同情するくらい怖かったけど。
首を捻るわたしを尻目に、白ひげさんが、で?と顎をしゃくる。

「…で、と言いますと?」
「アホンダラァ、まだ続きがあるだろう。」

え、なんでわかったんだろう。
ぱちくりと瞳を瞬かせると、おれに隠しごとしようなんざ千年早ェ、と笑われた。

「あーうー、ええと、眠れなかったんで、マルコさんに、悪魔の実の話を聞きました。」

なんだか辛そうで、申し訳なかったんですけど、と
あのときのマルコさんを思い出したら自然と色んなところに力が入った。
自分のことを気持ち悪いだろ、と諦めたようにそう呟いて、
なんでそんな事を言うのかと、少し苛立ちにも似た感情すら覚えた。
気持ち悪くなんかないと瞳を合わせて伝えれば、なんとも表現し難い顔をしていて。
その話が終わったあとは、憑き物が落ちたかのように穏やかに笑って、
いつも通りのマルコさんに戻ったのだけど。
それで、眠って、起きて、からかわれて。
和風パスタを食べたいと言ってくれて、それを作って部屋に戻ったら、…そこにはもうマルコさんは居なくて。
いやー、あのときは泣いたなー。
瞼腫れすぎて次の日会社で色んな人に心配されてしまったんだっけ。

わたしの話を聞き終えた白ひげさんが、そうか、と一言だけ落とすように言って、目を閉じた。
次に開かれた瞳は真っ直ぐわたしを見据えていて、無意識に背筋が伸びる。

「…お前は、この船が好きか?」

低く、お腹の底に響く声に、こくりとひとつ頷きを返す。
たった一日離れただけで、寂しくおもう程度には。と返した自分の声は、
わたしこんな声出せたんだなぁとかおもっちゃうくらい穏やかで驚いた。

もう一度そうか、と言って微笑んだ瞳には暖かい色が満ちていて。

「…いつか選択の時は来る。腹ァ決まってんのか?」
「、ッ」

目を合わせていることができずに、俯いてふるりと首を横に振る。
そんなわたしの頭を優しく撫でてくれる手にそろそろと視線を上げれば、
ぱちりと絡んだのはいつもと同じ、総てを見透かすようなそれで。

「こればっかりはおれが決めてやるわけにはいかねェ。
この船に乗ってる限りは生活の保証はしてやるから大いに悩め。ただなァ、」


全てはてめェの覚悟ひとつだ。


そう言ってわたしを見る視線はやっぱり真っ直ぐで、
多分この人はわたしがどんな答えを選ぼうと、笑って受け入れてくれるのだろうとおもわせた。














家族でないわたしにまでを包んでくれるなんて、やっぱりマルコさんのお父さんだなぁと頬が緩んだ。

(あ、ところでお宅の息子さん、セクハラが激しいんですけど、どうにかなりませんかね。)
(グララララ!そりゃァ本人に言いやがれ、アホンダラァ!!)



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