ヒロを背中に乗せて、行きよりも僅かスピードを上げて、海と空の間を飛び抜ける。

行きにあんなことがあったし、ゆっくりめに飛んで途中休憩をとりつつ帰るかと提案したのに、
彼女はぎゅ、と眉根を寄せて「でも、やっぱりオヤジさん達のこと、心配ですよね?」と、おれを見上げた。

なんだってお前はそう、帰したくねェと思わせるようなことばかり言うんだい。
頼むから、向こうの世界に帰りてェんなら、もうこれ以上攫いたいと…好きだと、思わせないでくれ。



帰路に着く。



別に苦しか無ェから首に腕をしっかり回して、なるべく体制を低くして、おれの背中にくっつくようにしてろ、
と言ったおれの言葉を素直に聞いているのだろう、行きよりも広い範囲から彼女の体温を背中に感じた。
どうもこの姿のおれがおれだと失念しているらしい彼女が
たまに首の後ろ辺りに頬を擦り付けてくるのに堪らねェ気分になる。
…中身はおれのままだっつーんだ、アホンダラ。

柔らかくて細い腕が首にしっかりと回っていることを確認してまた少し速度を上げる。
向こうも近付いて来ているはずだから、あと五時間も飛ばせばモビーに着くだろう。
そう頭の中で計算した次に、ふと彼女が落ちて行ったときのことを思い出して、ぞわりと、心臓が潰れたかと思うようなあの感覚に襲われた。
こちらの世界の常人より遥かに体力が無いらしい彼女のことを考えたら、やはり一度どこかで休憩を…と
辺りに休めそうな小島でも無ェかと視線を巡らせていれば、彼女が僅かに体制を起こしたのに気付いて首だけでそちらを振り向く。

なんだと、視線で訴えれば、にこ、と笑った彼女が、
「まだ全然大丈夫ですよー。もうちょっと飛ばしても平気なくらいです」と
おれの考えを見透かしたようにそう言ったことに軽く目を見開いた。

マルコさんに教えてもらった体勢、すごく楽です、と言いながら、もそもそと元の体勢に戻るヒロ。


―― なんだってそう、お前は、


一気にグンと速度を上げれば、彼女が小さく「わ、」と驚いたような声をあげて一層力を篭めて首にしがみつく。
行きのアレは…なんだ、おれも余裕が無かったと言うか、注意力散漫だったわけで。
そんなに力まなくても、もう落としたりしねェよい、と言ってやりたいが、如何せんいまは鳥の姿で喋れねェ。

後ろを振り向けば、瞬間、パチとかちあった視線に、少し驚きつつも、
大丈夫だ、と目を細めてやれば安心したように微笑う彼女に、じんわりと胸の奥が熱くなった。





そのまま速度を変えずに飛ばしていけば、考えていたよりもずっと早くモビーの姿が見えてきた。
どうやらすぐに気付いたらしいヒロが、「あ、モビー見えましたね」と
ほんの少し身を乗り出すようにして耳元で嬉しそうにそう言ったのが何故だか擽ったく感じる。

あっという間に縮まる距離に併せて、するりするりと高度を下げていけば、甲板にちらほらと人影が見えてきた。

なるべくヒロに衝撃がいかないように、出来うる限りやんわりと甲板に着地する。
彼女が甲板に足をついたのを確認して、人の形へと戻った。

「…本当に休憩も取らずにここまで来ちまったが、大丈夫だったかい?」

さらりと、風で乱れた髪を耳にかけるようにして触れながらそう聞けば、
擽ったそうに身を捩った彼女が、大丈夫ですよ、と小さく笑う。

「マルコさんこそ、ずっと飛びっぱなしで疲れたんじゃないですか?」
「おれはいつものことだから平気だよい。」
「でも今回はほら、わたしと言う名の重りが…!」
「ヒロよりずっと重たいモンを持って帰って来ることもあるんだ、お前なんか重たいうちに入らねェよい。」

ニ、と笑って見せれば、彼女が真ん丸く目を見開いた。
信じられないとでも言いたげなその様が可笑しくて、くつくつと喉の奥を揺らせば、
どこから現れたのか、厳ついリーゼントのおっさんが
「ハイハイ終了!いちゃいちゃ見せつけタイムしゅーりょーー!」
とか言いながら、目を吊り上げておれとヒロの間に割り入ってくる。
…幾つだお前は。気色悪ィな。

ヒロちゃんおかえりー!と勢いよく彼女に抱き着こうとするサッチを蹴り飛ばして甲板の隅に沈めてやった。
エースが棒きれでサッチを突きながら「おーい、生きてるかー?」とか言ってるのを尻目に、
オヤジに報告をするためにヒロの手を引いてオヤジの部屋へと向かう。

一連の流れをぱちくりと瞬きを繰り返して見ていた彼女が、ふは、と吹き出して
「モビーに帰って来たなぁって感じがしますね」と笑ったのに、つられて少し笑った。
















騒がしくも、愛おしい日常にほっと息を吐く。

二人きりでいるとどうも色々自制が効かなくて困るよい。



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