『なんかな、オヤジが一旦帰って来いってよ。』
「…そういうのは用事が無ェとは言わねェんだよい、馬鹿が。」
『ンだよ、なに苛ついてんだお前。んで、いつ帰って来れんだよ。』
「丁度帰ろうとおもってたところだよい。…夜にはモビーに着く予定だ。」
『了解。んじゃ、オヤジにはおれから伝えとく。』

じゃあな、気をつけて帰って来いよ、ヒロ!

そう言ってニカ!と笑った電伝虫から再びガチャと音がして、役目を終えたらしいそれが目を閉じた。



手遅れなようです、色々と。



「なにかあったんですかね?」
「いや、だったらあんな世間話しねェだろうよい。」

それならよかった、とつい力が入っていた眉間を緩める。

「ま、帰って来いと言われたんだ、早速帰るかねェ。」

言いながら幾度か顎髭を摩って、マルコさんはわたしのバッグを掴んで電伝虫をしまった。
そのまま部屋の出入口に向かう後ろ姿に、「自分で持ちますよ!」と慌ててバッグを掴む。
なんでだと言いたげな顔でわたしを見るマルコさんに、
自分のバッグを持たせるわけにはいきません、という意志を込めて見返せば、
少し呆れたように笑ってマルコさんの手がバッグから離れた。

「ヒロは頑固だねェ。」
「え、今更ですか。」
「いや、向こうの世界に居たときから知ってたよい。」

くつりと笑ってわたしの頭をぽんと撫でる手に、やっぱり安心を覚える。

「帰るときは、どこから飛ぶんですか?」
「まァ大体いつも来るときに降りた場所から、かねェ。」

あー、つまりあの木々の中をもう一回通らなきゃならないんだな、と
若干げんなりとしながら心の中で呟けば、ニヤリと口の片端を吊り上げたマルコさんがこちらを見た。

「…なんです、その悪そうな顔。」
「安心しろよい、あの場所を歩くときにはまたくっついて歩いてやる。」
「!! なんでわか…っ、や、もう大丈夫ですから!」

ふぅん?とか言いながら嫌な笑顔を浮かべるマルコさんが憎たらしくて筋肉だらけのお腹に軽くパンチすれば、
なんともなさそうに笑って「痛ェよい」とかいいながら髪をぐっしゃぐしゃに掻き混ぜられる。
これから外に出るっていうのになんてことすんですか!

「…マルコさんてたまに子供みたいなことしますよね。」
「幻滅するかい?」
「や、そんなことで幻滅しないです、流石に。」

むしろそれが可愛くすらおもえるときがあって困ってるんです、ってところは当然割愛する。
乱れた髪を手櫛で適当に直して、そんな話をしながら宿を出たら、再びマルコさんに髪をぐしゃぐしゃと撫でられた。
ちょ、あれ、いま直したばっかりなの知ってますよね?

批難の意志を篭めてマルコさんを見上げれば、なにやら上機嫌のマルコさんに手をとられて街中を少しだけ早足で抜ける。
手を繋いで歩くのが当たり前みたいになってるのはどういうことですかコレ。
…マルコさんからしたら迷子防止程度のことなんだろうけど。
わたし成人女子なんだけどな、と少し情けないような気持ちにもなるけど、
マルコさんと逸れたら連絡手段が無いし、なにより、わたしは勝手に嬉しいし、
…一生この手を繋いでいられることはないのだろうし、まぁ、いいか。
なんて、ああなんか駄目だ、思考がえらくネガティブになってるな。

なんてことをマルコさんと繋いだ手を眺めながら一人悶々と考えていたら、するりと手が離れていった。
「あ、」と、自分でも驚くくらい弱々しい、と言うか、残念そうな声が零れる。

と、腰に暖かいものが回る感覚。


ふと目の前を見遣れば、目の前には鬱蒼と木が生い茂っていて、いつの間にか例の場所に着いていたらしかった。
…注意力散漫にも程があるな、わたし。
視線を林からマルコさんへと移せば、随分と近い位置に顔があって。
茶化すような声で「なんだ、そんなに手ェ繋いでいたかったのかい?」なんて言われて、
ついぽろりと「そうみたいです」とか言っちゃった自分の口に心底びっくりして、勢いよくそこに手をやる。

いやそのいまのは違くてですね…!

弁明したいのにわたしの口から出るのは、あ、とか、う、とかそんなんばっかりで。
…マルコさんの目を見開いた顔を見る限り手遅れなのはよくわかってるけど、
声よ、わたしの口の中に戻ってください本気で。

何故だか暫く見つめ合ったあと、マルコさんの腕が腰から離れて、その手が口元を覆っていたわたしの手を柔らかく握る。

先刻までだって手は繋いでいたはずなのに、
見せつけるように指を絡めとられて、息苦しく感じるくらい心臓が跳ねた。

「…マル、」
「手、離したくなかったんだろい?」

茶化す色も無く、さらっとそんなことを言ってくれるマルコさんは、紛れも無く大人の男の人で。

そのまま手を引かれて、来るときに降り立った場所までなにを話すでもなく歩いて、
でも行きと違って周りを見て怖さを感じる余裕もないくらい
全神経がマルコさんと繋がれた手に集中したみたいだった。















全くもって罪なおっさんだ。

どんだけひとのことドキドキさせたら気が済むの。



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