「…とりあえず、飯食ってモビーに戻るかねェ。」

もうちぃと偵察しようかと思ってたが、特に問題も無ェ島だし、まァ大丈夫だろい。

どのくらいか考え込んだあと、顔をあげて頭を掻きながらそう言ったマルコさんにこくと頷きを返す。

…頭の働きがどことなく鈍いのは、やっぱりどこかで
考えることを拒否しているわたしがいるからだろうか。



堂々巡り



マルコさんはわたしの頭をくしゃりと撫でると、ベッドの脇に置いてあった電伝虫で朝ご飯の注文をしてくれたようだ。

暫くあとに部屋に運ばれてきた色とりどりの食材が綺麗に盛りつけられた朝ご飯を
向かい合ったマルコさんと言葉少なに食べ終える。

…マルコさんのことだから、きっと一生懸命本のことを考えてくれているのだろう。

わたしはと言えば、相変わらずまだこちらに居られることへの嬉しさと、
もうあちらの世界には帰れないのかもしれない不安の間で揺れていた。

勿論、今日までもそれらを全く考えなかった日なんて無いのだけど。
ああして目の前に本が現れたいま、それは一層強くわたしに押し寄せてくる気持ちで。

小さく溜息を吐いたあと、ごちそうさまでしたと手を合わせ、
席を立って空になったお皿を重ねていると、マルコさんに名前を呼ばれて顔を上げる。

「…あんまり考えすぎるなよい。」
「マルコさん…」
「ここは"偉大なる航路"なんだ、他にもお前を元の世界に帰せる方法はあるはずだから、」

だからそんな顔をするな、と。
再びくしゃりと頭を撫でてくれたマルコさんの顔はなんだか辛そうで、
わたしは一体どんな酷い顔をしているのかと自身の顔に触れた。

大丈夫ですよ、と笑ってみせれば、マルコさんの顔が更に険しく歪む。

「…お前の大丈夫は当てにならねェんだよい。」
「、わ!」

ぐいと腕を引かれてマルコさんの腕の中に閉じ込められた。

ふぉお、なんかちょっと最近こんなん多くないかな?!

腕の中でわたわたするわたしの背中を、子供にするみたいな動きでマルコさんがそっと撫でる。

ああもう、なんだかいつも子供扱いされちゃうなぁ。
…これで少し落ち着いたような気分になるのだから、困ったものなのだけど。

どうしたものかと空中でさ迷わせていた手をおずおずと下げて
マルコさんのシャツの裾を両手できゅ、と握ると、更に抱き込まれるような格好になった。

すん、と少し大きめに息を吸えば、鼻腔いっぱいに潮の薫りがする。


(…海の…、マルコさんの、匂いだ。)


目を閉じて、マルコさんの広い胸に頭を預ければ、
耳元でトクトクと規則的に動く心臓の音にじんわりと安心感が拡がってほうと息を吐く。

緊張してるときは人の心臓の音を聞くと落ち着くって聞いたことがあったけど、本当だったんだ。


(…ああ、わたし、)


この人が好きだなあ。

もう何度も、それこそ数えきれないくらい何度も、おもったけど。

少しでも不安を感じる度に安心をくれる大きな手が、
海と太陽の薫りで包み込んでくれるような体温が、
暖かく、時に厳しい色を宿す優しい瞳が、すきだ。

こんなにも強く、こんなにも激しく誰かを好きになったことなんて無いのに、
相手は異世界のひとだなんて、どうしたらいいんだろう。

…マルコさんが一緒にわたしの世界に来てくれたら、なんて考えたこともあったけど、
こちらに来て、モビーで日々を過ごすうちにそんなことはできないと思い直した。

この人は、この世界で、あの船で、あの人達と居なきゃいけない人だ。


ねぇ、どうしたら、




何度目かわからない問い掛けを自分の中で繰り返したときに、
どこからか電子音とは程遠い、プルル、という音が部屋に響いた。

『プルルルルル
プルルルルル…』

勢い飛びのくようにマルコさんから離れて部屋の中を見渡して首を傾げていると、
小さく舌打ちをしたマルコさんがベッドの近くに放ってあった
わたしのバッグを持ち上げて、それをわたしの手の上に置く。

「…え、あの、」
「ン?…ああ、電伝虫だよい。」

エースに渡されてたろい。

言いながら、マルコさんがわたしのバッグからエースが捩り込んだカタツムリを取り出す。

ああなるほど、これが噂の電伝虫かと納得しつつそれを受け取ってまた首を傾げる。
…どうやって出るの、これ。

はて、と両手の平に乗せたそれを見つめていると、ガチャ、と音がして『あー、もしもし、お前誰だ?』と聞こえてきた声は電伝虫を貸してくれた彼のもので。

「…エース?」
『お、ヒロか!どうだ、楽しいか?偵察!』
「う、ん?楽しい、けど、楽しむものなの?偵察って。」
『馬っ鹿お前、まずは楽しまなきゃ海賊になった意味がねェだろう。』
「や、わたしまだ海賊になったわけじゃ…あ、ご飯がおいしい島だよー。」
『まじか!!!うはー!早く着かねェかなあ!!』

キラキラと瞳を輝かせているのだろう弾んだ声に、ふふっと肩を揺らせば
電伝虫をひょいと取り上げられて、あ、と小さく声が漏れた。

「何の用だよい。」

世間話する為に掛けてきたのかテメェは、と面白くなさそうに続けるマルコさんに
エースのあっけらかんとした声が、いや、別に特に用は無ェ、と響く。















額に青筋が浮かぶ瞬間というものを、わたしは生まれて初めて目撃した。

(…チッ、切るぞ。)
(おわ、待て馬鹿マルコ!オヤジから伝言があるんだよ!)




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