「湯は張っといたからゆっくり入ってこいよい。」
「え?あれ、マルコさん湯舟には浸からないんじゃ、」
「お前は浸かるだろい?」
「…ありがとう、ございます…。」

なんなのこのひと。なんなのこのひと。
おもわず2回言っちゃったけど。
どこまで気遣い屋さんで紳士なの。



夢現



ぼーっとしながらお風呂に入って、お風呂から出たら
窓際のテーブルセットにはほかほかの夕御飯が準備されていた。

え、だからどんだけなの。


「…なんか、なにからなにまですみません。」
「? なにがだよい。」
「や、…夕飯、ありがとうございます。」

へこ、と軽く頭を下げれば、マルコさんはああ、とだけ言って軽く微笑む。
テーブルセットの椅子に座るマルコさんの向かい側に腰を下ろすと、
マルコさんはお酒らしきものの瓶を持ってきてコルクの蓋を開けた。
ポン、と小気味よい音がして、コルクが飛ぶ。
マルコさんは手際よくそれをふたつのグラスに注ぐと、
ヒロも飲むだろい?とそのひとつをわたしの前に置いた。

あれ、前にこっちの世界の酒は強いからあんまり飲むなって言われた気がするんだけど。
……まぁ、いっか。

「じゃあ、頂きます。」

乾杯、とグラスを合わせて、中身を少し口の中に含むと、ふわと独特の薫りが鼻から抜けていく。

「わ、これ飲みやすくておいしいですね!」
「だろい?ここの地酒らしいよい。」

マルコさん、なんだかご機嫌だなぁ。

ふと、何の気無しにテーブルの下を見れば、同じワインの空き瓶が、三本。
…ん?これは、あれか。
わたしが風呂に入ってる間に、マルコさんがワインの瓶三本開けたってことか。
だから要するに、このなんだかご機嫌な感じは、つまり、

(酔っ払ってるのか…!)

モビーでの飲みっぷりを考えたら、多分マルコさんにとったらほろ酔い程度の感じなのだろうけど。

…夜の偵察、ほろ酔いで行くのかなぁと少し心配になったけど、
マルコさんのことだし、大丈夫よねと食事を進める。


あ、ご飯もおいしい。なんてのんびり考えながら、口当たりの良さも手伝って、
マルコさんに勧められるままに飲み勧めて大丈夫じゃなくなったのはわたしの方だった。

(…うわ、なんかちょっと、頭ふわふわする、かも。)

あと、疲れた身体にお酒が回って、眠たくなってきた。

「…ヒロ?大丈夫かい?」
「ん…はい、だいじょぶ、です。」

カタ、と椅子を引く音が聞こえて、そちらを見ると、
心配そうな顔をしたマルコさんが、立ち上がってわたしの方に歩いてくるところだった。

「だから、お前はなんでそう限界まで頑張るんだい。」
「…ふへ、」

だって、なんだか急に眠たくなってきたんですよ。
呆れたようなマルコさんに、笑ったつもりだけど、
なんかもう顔の筋肉もうまく動いてくれてない気がする。

このまま寝ちゃおうかなぁ。目が覚めたらベッドに移動すればいいか。

もう殆ど働かない頭でそう結論づけて瞼を降ろしたところで、ふわ、と浮いた感覚がした。
あれ、わたし浮遊感感じる程酔っ払ったのかなぁと薄目を開けると、どうやらマルコさんに抱えられてるらしい。
ふわふわと、マルコさんの歩くのに合わせて訪れる揺れに、また眠気が煽られる。
ふか、としたものに身体を降ろされて、ベッドに運んでくれたらしいことを少し遅れて理解した。

…ベッドはふかふかなのに、何故か頭の下がごつごつする。

居心地の良い場所を探して頭をぐりぐりと動かせば、
マルコさんが焦ったような声で「おま、馬鹿、やめろよい!」と言っているのが聞こえた。…なんでよ。

とりあえず落ち着く体制を見つけて力を抜けば、大きな手がやわやわと頭を撫でる。

(安心、するなぁ…この体温…。)

現実より夢の中の方が近くなったとき、頭の上から「まだ起きてるかい?」と声を掛けられて、
その声があんまり切なく聞こえたものだから、必死に瞼を押し上げた。

「…マルコ、…さ…?」
「ヒロ、」

見上げた目の前にあった顔に手を伸ばすと、その手はわたしの頭を撫でていた手で優しく包まれる。

「…なあ、先刻、…何考えてた?」
「…さっ、き?」
「おれが風呂入ってた時。」

マルコさんが、お風呂入ってたとき…?
えぇと、…なんだったかなぁ。

大分回転の遅い脳みそを働かせて、思い出す。
マルコさんが、お風呂、入ってたとき…
ああ、あれだ、この町の雰囲気が、モビーの雰囲気に似てるなあって、考えて、

「ホームシック、みたい、って、」
「、ッ!」

あれ、マルコさん、なんでそんな泣きそうな顔するの?

「早く、モビーの皆に、会いたいなあ、て、」

あ、今度は笑った。

ああ、やっぱり、マルコさんの笑った顔は可愛い。おっさんなのになぁ。
くふ、とおもわず笑ってしまう。…ああ、でももう限界。















いつの間にか再開された頭を撫でる手の動きに、今度こそ眠気に逆らわずに瞼を閉じた。

(なあヒロ、こっちの世界に、…おれの傍に、ずっと居ろよい。)
(……すー…すー…)





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