ご飯屋さんを後にしてから、街中をマルコさんと二人、
買い食いしたり買い物したりしながらぶらぶらと歩く。

まぁその間にも、数日後に到着するモビーの為の食糧を確保したり、
街の様子を伺ったり、勿論お仕事はしていたわけだけど。

日も沈んで、大分暗くなったなぁとおもってきたところで
マルコさんののんびりとした声に目を見開く事になるとはおもわなかった。

「さて、そろそろ宿を探すかねェ。」


………え。モビーに帰らないの?



もっと、ずっと。



ああ、なるほど。それで先刻服と下着を買えって言われたのか。
それならそれで、言ってくれれば船から持ってきたのに。

なんて考えてる間に、いつの間にかチェックインは済んでいたらしい。
小柄な人当たりのいいおばちゃんが部屋まで案内してくれた。

…うん。まぁね、最早毎日同じ部屋で同じベッドで寝てますけど。
どうやら宿屋のおばちゃんが妙な気を効かせてくれたようです。
まさか宿まで同じ部屋で同じベッドになるとはおもいませんでした。

「あらまっ、」じゃないよおばちゃん。
ニコニコしないでおばちゃん。
恥ずかしさが倍増するよおばちゃん。
別におばちゃんが想像するようなことなんてなんにもないからね。

部屋に入ると、後ろでは軽い音を立てて部屋の扉が閉まって、マルコさんが鍵を閉める音が聞こえた。
わたしはと言えば、細やかな細工の調度品の多い、広めの室内をきょろりと見渡して、
天蓋付き(可愛い)のベッドに向かってそこに座り込む。
うわ、ベッド柔らかい。

(あー…、うん、ちょっと疲れた。)

今日はよく眠れそうだなぁ。
ベッドサイドに置かれた、小さなカラーボックスみたいな本棚に数冊雑誌が置いてあるのが視界の端に入る。
雑誌を開いてみようかと悩みながらも天蓋の柱に凭れ掛かるように肩を預ければ、くつくつと少しくぐもった笑い声がした。

「疲れたかい?」

笑い声は当然マルコさんのもので、へらと笑いながら
少し、と答えてそちらを見遣れば、ゆっくり休めよい、と微笑むマルコさん。

「マルコさんは、休まないんですか?」

うっすら襲ってきた眠気を散らすように小さく欠伸をする。

「あァ、夜でないと解らないこともあるからな。おれはもう一度出るよい。」
「…そう、なんですか。」

この広い部屋にひとりになるのか。
そんなことを考えながら、すぐに出るんですか?と聞けば、
いや、飯を食ってから出る予定だよい、との答えに、またそうですかと言って頷く。


…少しだけ寂しい、なんて。

(今度こそ絶対言わないけど。)

そう言えばモビーの上はいつも騒がしくて、穏やかで、暖かくて、ひとりになるなんて久しぶりだなぁ。
向こうの世界では、当たり前のことだったのに。

「シャワー浴びてくるよい。」
「あ、はい。ごゆっくり。」

さくさくとお風呂の支度を済ませてシャワールームに入っていくマルコさんを視線で追う。

マルコさんの姿が見えなくなって、ザア、とシャワーの音がし始めたあと
目を閉じて、ふと今日歩いた町の様子を思い出した。

(…あれ、)

町の様子を思い出そうとしたはずなのに、瞼の裏に浮かんだのは、モビーの上で。
思わず閉じた瞳をぱちりと開く。
…そういえば、この町の雰囲気はどこかモビーの雰囲気に似てる気がする。

モビーの上で過ごすようになって、ひと月。
離れて、たったの一日。

いつの間に、こんなにもあの船のことが、わたしの中でこんなに大きく、当たり前になってたんだろう。

非日常の連続だと、おもってた筈なのになぁ。

(…やだなぁ、これじゃあ帰るときにまた泣いちゃうかも。)

白ひげさんや、各隊長さん達、ナースさんに、他のクルーの人達。
皆の顔が、浮かんでは消えて、浮かんでは消えて。

最後に強く強く残ったのは、優しく微笑むマルコさんの顔で。

(もっと、ずっと一緒に居たいなぁ…。)

呆れたような顔も、意地悪く笑う顔も、困った顔も、怒った顔すら、ずっと傍で見ていたい。

ぷかりと浮かんできた考えに、はっとして、頭をぶんぶんと横に振った。

(…無理に決まってるのに。)

わたしはこの世界の人間じゃなくて、白ひげさん達と一緒に居なかったら、
恐らく生きていくことさえ出来なくて、いまだって散々迷惑掛けて。

なにより、わたしには向こうの世界に捨てられないものが沢山ある。

それは家族だったり、友達だったり、大切な思い出の詰まった物だったり。

大分昔のことにも思える、好きになったんならついて行っちゃえばいいのよ、と真剣な瞳で笑った矢野の顔が脳裏に浮かんだ。

(…でも、矢野。わたし、)

矢野や家族に会えないのは、寂しいよ。
思い出しただけで、身体が軋みそうなくらい痛むもの。

そこまで考えて、いつの間にか目の前にいたマルコさんに名前を呼ばれていたことに気付く。

「…そんなに疲れたかい?」
「や、すみません、そんなんじゃないんです。」

ちょっと考え事してて。

難しい顔をしだすマルコさんにふへと笑って見せれば、
無理だけはしてくれるなよいと溜息混じりに零された。

「…あ、お水いります?」
「ああ、貰おうかねェ。」

言いながらこちらを見て微笑ったマルコさんに急に脈が早くなった気がする。

部屋に備え付けの小さなキッチンに立って、蛇口を捻る。
コップに水を注いで、なんでもないような顔をしてマルコさんに渡した。












…そんな、脳内見透かされそうな目で見ないでくださいよ。

(…ヒロも風呂入るだろい?)
(あー…、じゃあ、お言葉に甘えて。)




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