どうにかこうにかマルコさんを説得して、腰を抱いたまま街中を歩き回るという羞恥プレイはなんとか回避した。

人がそうやって歩いてるのは微笑ましく眺められるけど、自分がそれをするのは無理だ。
人の目云々とかじゃなくて(勿論それもあるけど)、そんなことよりこれ以上は距離感の近さに恥ずかしくて爆発する。

これこのように、手を繋いで歩くのが限界ってもんです。



まるで、



「のどかな町ですねー。」
「あァ、報告で聞いてた通りだよい。」

…報告?マルコさんより先に誰かこの島に偵察に来たってこと?

隣を歩くマルコさんを見上げて首を傾げれば、
白ひげ傘下の海賊団が数ヶ月前にこの島を訪れていて、その詳細を報告してくれていたのだとか。

「…まァ、数ヶ月経てば島の様子が変わってる事も
充分に有り得る話だから、偵察は外せねェんだが。」
「そうなんですか。」
「こういう時、島全体を見渡せる飛行能力は便利だよい。」

異常があればすぐに気付ける。

そう笑ったマルコさんの顔はなんだか誇らしげで、
きっとこれは白ひげさんのための笑顔なんだろうとおもった。
この人は、一生白ひげさんのことが大好きで、白ひげさんの為に生きるんだろうとも。

つい漏れた笑い声に、マルコさんが訝しげにこちらを見たけど、意味ありげにニィと笑ってごまかした。


しかし本当にのどかな町だ。
すれ違う人は旅の人かい?なんて気さくに声を掛けてくれるし、
お店は活気に溢れているけど、どこかふんわりとした暖かい雰囲気で。

『Lunch Time』と書かれた看板に本日のオススメメニューを書いているおじさんと
目が合った、とおもったら、おじさんににっかりと笑いかけられる。

笑顔がどことなくサッチさんに似てるなぁなんて考えながら、
にこ、と笑い返したら、おじさんがのしのしと歩いてきて、昼飯はもう済ませたのかい?と声を掛けられた。

「いえ、まだですけど、」
「じゃぁウチで食べておゆきよ!」

まだうんともすんとも言わないうちにぐいぐいと腕を引かれて
先刻目に入った看板の横を通り過ぎて、マルコさんごと店内へと引きずり込まれた。

マルコさんに何事だと聞かれたけど、いや、目が合って、としか言えない。

「…まァ、丁度と言やァ丁度かねェ。ヒロも腹減ってるだろい?」

小さめの木で出来たテーブルセットに座って、呆れたようにガシガシと頭を掻きつつも、
体力の無いわたしに気を使ってくれているのだろうマルコさんに笑みが零れる。

「はい、ありがとうございます。」

確かにお腹も減ってるし、と頷きながらお礼を言えば、
先刻のおじさんがメニュー表と冷たいお水をテーブルに置きながら
「仲がいいねぇ!恋人かい?」なんて言うもんだから一気に顔に熱が上った。

違う、と口にしかけたけど、じゃあなんだと聞かれて怪しまれても困るから
曖昧に笑って、店のオススメを聞いたりしてごまかす。

「オススメはこの野菜たっぷりハンバーグかな!」
「じゃあわたしソレで!マルコさんはなんにします?」
「あ?ああ…、おれも同じモンで。」

はいよ!と元気な返事をしたおじさんがメニュー表を持ってキッチンらしき場所へ戻っていくのを見て、小さく息を吐いた。

(…恋人、に、見えるのかなぁ。)

だったら少し嬉しい、なんて。
もう何度か言われたはずの言葉が、頭の中をぐるぐると回ってなんだかそわそわする。
暑くなった顔をどうにかしたくて冷たい水を一気に半分程煽った。


この島は農業が盛んみたいだから食糧は充分に補給できそうだとか、
ちょっと肌寒いですねとか、そんななんでもない話をしていたら料理が運ばれてきて。
いつものようにいただきますと手を合わせてご飯を食べ進めながら、またなんでも話をした。

(…なんだかちょっと、向こうの世界に居たときみたい。)

船の上で二人きりになるのとはまた少し違う感じ。
そんなことを考えていたら、マルコさんが
「ヒロの世界に居たときみたいだな」
なんて言うから吃驚したと同時に嬉しくなる。

「いま、同じ事考えてました。以心伝心ってやつですねー。」

ふふと笑うと、マルコさんは少し目を見開いたあと、嬉しそうに笑った。
ああ、好きだなぁ、その笑顔。

ふと、マルコさんの着ている服に見覚えがある気がしてじっと見つめる。
ある事に気が付いて、あ、と声が漏れると、マルコさんにどうかしたのかと首を傾げられた。

「もしかして、マルコさんのいま着てる服って、」
「ン?あァ、ヒロの世界で買って貰ったモンだよい。」
「やっぱり!」
「…なんも言わねえから気付いてねェんだと思ってた。」

え、まぁ、いま気付いたんですけどね、と正直に言えば、
マルコさんは「ヒロは薄情だよい」とか言いながら大袈裟に溜息を吐いた。

「捨てないでいてくれたんですね。」
「おれはヒロと違って薄情者じゃないんでな。」
「え、嫌みですか。」

仕方ないじゃないですか、と唇を尖らせれば、なにがだよい、とハンバーグを咀嚼しながらマルコさんがこちらを見る。

「だって今日は朝から驚くことが沢山あったんですもん。」
「…例えば?」
「えーと、マルコさんの身体から炎が出たのにびっくりしたでしょ、
マルコさんの鳥の姿が想像よりずっと大きくてびっくりしたでしょ、
飛んだときの景色が綺麗すぎてびっくりしたでしょ、


炎が熱くなかったのも、マルコさんの背中から落ちたときも、と指を折りながら驚いたことをひとつずつ挙げていく。
ああでも、と言葉を区切って、少し憮然とした顔でこちらを見ているマルコさんに自然と笑顔になる。

「鳥になったマルコさんの綺麗さが一番びっくりしました。」














マルコさんは眠たげな目を目一杯を見開いたあと、泣きそうにも見える顔で笑った。

(…食い終えたら買い物しに行くかい。)
(あ、はい。なにか欲しいものでもあるんですか?)
(肌寒いんだろい?上着買いに行くよい。)
(ぅえ?!や、そこまでじゃないから大丈夫ですよ!)
(どうせ物資の確保に回らなきゃならねェんだ、ついでだよい。)
(…そう、ですか?じゃあ、お願いします。)

なんだかまるでデートみたい、
なんて暢気なこと考えるわたしの脳内が、マルコさんにバレませんように。



- ナノ -