あれからどれくらい飛んだんだろう。

大分早めの朝ご飯を頂いてからモビーを出て、現在、日も高くなってきたしお腹が空いてきたから、いまは昼前くらいだろうか。

相変わらずごうごうと吹く風の音に、ふとこちらの世界に来たときのことを思い出して目の前の青に抱き着く力を強める。

そしてなにより、

(手、痺れてきちゃったよ…!)



悔しさ<怖さ



仕方ないよね、ね。
だってこんなに長いことなにかを必死に掴んでたことなんて無いもん。

(でもきっと、わたしを乗っけて飛んでるマルコさんの方がしんどいよね…。)

腕が少し震えて来て、感覚が鈍ってくる。
明日は筋肉痛なんだろうなぁなんて考えてたら、気が逸れたのだろう、
腕が緩んだらしく、わたしはマルコさんの背中から吹き飛ばされるように落ちた。

「、ッ…!」

もうこうなると先刻まで綺麗だとしかおもわなかった景色が恐怖の対象でしかない。
かと言って、わたしには目を瞑って落下を待つ事くらいしか出来なくて、両目を固く固く瞑る。

次の瞬間、わたしに訪れたのは落下による無重力感ではなくて、ゴツゴツした物にお腹を引っ張り上げられるような、変な痛みだった。

「い゙ッ…!」

驚いて目を開ければ、どうやらわたしを掴んだゴツゴツした物はマルコさんの鳥足のようで。
わたしの腹周りを包むように支えて、ゆっくりと高度を下げていく。

ありがとうございます、と言ったときにちらとこちらを見た鳥の顔は、どう見ても怒っているようだった。

(うーん、早く島に着いて欲しいけど、着いて欲しくない…。)


その格好のまま少し飛ぶと、海の真ん中にぷかりと浮かぶ島が見えた。
上空だからか少し肌寒くてぶるりと震える。

島の上空を幾度か旋回したあと、マルコさんは人気のなさそうな、林を抜けた先の崖へと降りて行った。

わたしをそっと降ろしたマルコさんが、地に足をつけるなり人の形に戻っていく。

風に攫われるようにして青の炎が消えると、そこに立っていたのは
仁王立ちをして、びっしりと眉間に皺を刻んだマルコさんだった。

「…お、怒ってますね…。」
「当たり前だろい。」

じりじり後退るわたしにのしのしと近付いて来たマルコさんに両頬を目一杯引っ張られる。

「いッ、いひゃいー!!!」
「なんで限界が来る前に一言言えねェんだ、テメェはよい!」
「いひゃ、ひゅみまひぇんひゅみまひぇんひゅみまひぇん!」

あまりの痛さに涙目になりながらマルコさんの腕をベシベシ叩きつつ必死で謝る。
「次からはちゃんと言えよい。いいか、絶ッッ対だ!」と言うマルコさんの言葉に全力で頷いたら、
よりほっぺたが引っ張られる結果になって本気で千切れるんじゃないかとおもった。

そこで漸く解放された頬を自らの手で覆う。

「ゔぅぅ、過去最大の痛さ…!」
「当たり前だ。反省しろい。」
「はい、早速ご迷惑お掛けしてすみませんでした…。」

涙目になりながらへこと頭を下げると、小さな声で「気付けないおれも悪かったよい。」と言いながら頭を乱暴に撫でられた。

そう思うならもう少しだけ力の加減を…と言いかけたわたしの口は、壊れ物に触れるみたいにそっと手握られて
悪かった、と見つめられたことで何も言えなくなってしまった。

こんなところで天然タラシスキル発動か。
ドキドキしちゃうだろコンニャロ。

どうにか首を横に振ると、安心したように微笑んだマルコさんがわたしの手を握ったまま歩き出す。

本当に心配掛けたんだろうな、とおもったら、胸の奥がぎゅっと痛くなった。

モビーに戻ったら、本格的に基礎訓練に参加させてもらって体力つけよう。
自分の為にも、マルコさんに出来る限り心配掛けないようにする為にも。

そう決意したら、マルコさんの手の平の中の、
随分小さく見える自身の手に自然と力が入って、マルコさんの手を握り返す形になった。


暫く日の光が届きにくい位深い林の中を手を繋いで歩く。
カサ、カサ、とわたし達の足が落ち葉を踏み締める音だけが辺りに響いてすこし背筋が震えた。

なんかこう、林の中とか、最初にこちらに来て追いかけ回されたのを思い出してしまう。
それでなくてもこの、人が居ない感じとか、薄暗い感じとか、充分怖いけどね!

少し足を早めて、前を歩くマルコさんに近寄る。
無意識に手を握る力が強まっていたらしくて、不思議そうな顔をしたマルコさんがこちらを振り向いた。

「どうかしたかい?」
「えっ、や、なん」
「なんでもない、は受け付けて無ェよい。」
「ぐっ!」

一気に不機嫌さを醸し出したマルコさんから目を逸らして、
「く…暗くてちょっと怖いな、って、」と俯きがちに小さな声で呟く。

「…いい年してすみません…。」

あんまり恥ずかしくて、マルコさんと繋いで無い方の手の甲で口元を隠した。
顔が熱すぎる。やっぱり怒られてもなんでもないって言っとけばよかったかも。

恥ずかしさを振り切るように「街、こっちですか?」とか言いながらマルコさんと繋いだ手を引っ張ってすたすたと歩き出す。
と、ぐいと手を引かれて、後ろにつんのめった。
何故!と振り向けばマルコさんが悪そうな顔でニヤリと笑って、繋いでいた手を解かれる。
頭の中が疑問符だらけの状態でマルコさんを見ていると、
その手が慣れた手つきでわたしの腰に回された。

必然的に、お互いの身体はぴたりとくっつくわけで。

「、え?」
「こんだけくっついてりゃァ怖いこと無ェだろい。」
「は、い、…や、でも、恥ずかしいんですけど…!」
「へェ、じゃァ離れて歩くかい?」

嫌な笑顔を浮かべて離れていく腕を、おもわず必死で掴んだら更にニタニタと笑われた。子供か!
悔しくないことも無いけど、残念ながらいまのわたしがマルコさんに強気に出られるわけもなく。

小さく溜息を吐いて、誰かとこんなにくっついて歩いたこと無いです、と零せば、
腰に回された手に力を籠められて、身体が更にマルコさんに寄った。

「ぉわっ、歩きづらいですよ…!」
「ヒロもこっちに腕を回せばいいんだよい。」

言いながら後ろ手にわたしの手を取って、自身の腰にその手を回させるマルコさん。













確かに安心はします。

けど心臓が落ち着きません。


(あ、マルコさん、街が見えて来ましたよ!)
(……。)
(…あの、本当にもう大丈夫、ですよ?)
(……。)
(え、なんで無視。って、街の中このまま歩く気ですか?!)
(よい。)
(えぇぇぇぇ…!!!)




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