おとうさん、おかあさん、マルコさんの世界に来て、なんだかんだと一ヶ月が過ぎようとしています。

ついこの間、突然海から現れた異常なでかさの生物に驚いて腰を抜かしました。
恐竜…?!!って叫んだら普段通りの眠たそうな顔したマルコさんに
あれは海王類だよい、とか冷静に返されました。(あれは、ってことは恐竜も居るってことデスカ?)
エースは「お、食糧だ。」とか言いながら笑顔でそいつに向かって行くし、
サッチさんはからから笑いながら焦がすなよーって手を振ってるだけだし、
え、エース危ないよ!って叫ぼうとしたらエースの身体から真っ赤な炎が噴き上がってその生物を仕留めるし、
まぁそれに限らず、突然暑くなったり寒くなったり、サイクロンなる意味のわからないものが発生したり、色々ついていけないことばかりです。

ああ、そういえばカイオウルイと炎人間の話は聞き覚えがある気がします。
…元の世界に生きて帰れるのか、大変不安を覚える今日この頃です。



いい知らせ?



本当に口から心臓飛び出るんじゃないだろうかってことが山ほど起こるのは
文字通り、心臓に悪いのだけど、モビーの船員さん達は本当にいい人達ばかりで皆良くしてくれる。

マルコさんに甲板で抱きしめられた朝、マルコさんに甲板掃除禁止令を出され(…。)、
何もしないのは居た堪れないからなにかしたいと白ひげさんに相談したら、
洗濯とか繕い物とか皿洗いとか、わたしにも出来る雑用を幾つか与えてくれて、
「適当にやって自由に過ごせ」と言ってくれた。

生活の一切を面倒見てもらってるのにそんな事だけでいいのかとおもったりもしたけど、
結局慣れない船の上でわたしに出来る事なんて限られているから、お言葉に甘えている現状。


マルコさんの部屋のソファーで、今日も取れたボタンを付け直したり、破れた部分を縫い合わせたり。
せっせと手を動かしていれば、目の前のローテーブルに湯気の立ったティーカップが置かれた。

「ヒロ、ちったァ休めよい。」
「うわ、はい、ありがとうございます…っ。」

顔を上げれば、そこには心配げな顔をしたマルコさんがいて。

「別に暇潰し程度にやりゃァいいんだ。無理すんなよい。」
「ふふ、大丈夫です。楽しいですよー、針仕事。」

いただきますと言いながらマルコさんの持ってきてくれた甘いミルクティーに口をつける。
マルコさんはまだなにか言いたげな顔をしつつ、わたしの隣に腰掛けた。

ミルクティーの甘さにほうと息を吐く。

「マルコさんの入れてくれるミルクティーは絶妙な甘さで美味しいです。」

ふにゃと笑って言えば、そうかい、と目を細めるマルコさん。

「マルコさんこそ、昨日寝ずに書類やってたでしょう。」

ちょっと顔色悪いですよ?
言いながら顔を覗き込むようにして見れば、やっぱり顔色が悪い気がする。
抗議の意味も込めて、眉間にぐっと力を入れてマルコさんの目を見つめると、ふいと目を逸らされた。

ちょ、そういう態度傷つくんですけど。

「無理してるとすぐに体調崩しますよ、おっさんなんだかあだっ!」

再びミルクティーを啜りながら呟けば、言い切る前に額をべちん!と叩かれた。痛い。

「一言余計だろい。」
「や、実際年取ると風邪とか引きやすくなるものでぶっふ!」

今度は喋ってる途中で、マルコさんの片手がわたしの両頬をぐにゅと掴んでぶっさいくな顔にされた。痛い。

「マルコしゃん、しゃいきんいやがらしぇがたしゃいでしゅね。」(マルコさん、最近嫌がらせが多彩ですね。)
「…何言ってんのかわかんねェよい。」
「じゃぁておはなしてくだしゃいよ。」(じゃぁ手を離してくださいよ。)

わたしだって喋り難いですよ。
眉間に皺を寄せて言えば、マルコさんが変な顔、とか言いながら吹き出すのが聞こえた。

いやいや、別に元の顔の作りだってたいしたものじゃないのを
より変な顔にしてるのは紛れも無くマルコさんですからね!

「…わらいしゅぎれしゅよ。」
「くく…ッ、悪ィ悪ィ。」

あー、おもってない。おもってない態度ですねソレ。
もう好きにしてくれと諦めた瞬間、マルコさんの手がわたしの頬から離れる。

少しの沈黙のあと、先刻までとは打って変わって柔らかく微笑むマルコさんが徐に口を開いた。


「…いい知らせがあるよい。」

なんだろうと首を傾げるわたしに、マルコさんが苦笑のようなものを漏らす。

「次の島が近い。」
「え、わぁ、初上陸?になるんですかね?」
「あァ、島の状況にもよるが…やっとヒロの部屋が作ってやれるよい。」
「…あ。」

そうでした。
相変わらずわたしはマルコさんの部屋でお世話になり続けているわけで、
つまりこのひと月あまり、マルコさんのベッドでずっと一緒に眠っていたわけで、
やっとあの心臓が壊れそうなドキドキから解放されるわけで。

…ちょっと寂しい、なんて、どうかしてる。

マルコさんが甘やかしてくれるから勘違いしそうになるけど、わたしはただの居候なんだから。

嬉しいです、と笑みの形を作ってマルコさんに言えば、マルコさんはやっぱり苦笑混じりにわたしの頭を数回撫でた。

「今から偵察に飛ぶんだけどよい。」
「はい。」

留守にするってことだよね?とおもっていたわたしに聞こえてきたのは
「一緒に来てくれねェかい。」という予想外も予想外の言葉で。













……はい?

(え、いやいや、わたし足手まといにしかなりませんよ?!)
(そう思ってたら最初から一緒に来てくれなんて言わねェよい。)
(はぁ、そうですか…。わたしはマルコさんの邪魔にならないならなんでもいいですけど…。)
(よし、じゃァ決まりだ。)


…おっさんの、そのたまに見せる子供みたいな笑顔は狡いとおもいます。



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