最初はからかい半分どころかからかいが大半だった。

マルコがこの船の奴等以外の人間に執着するところなんて初めて見たし、
ましてやそれがどっからどう見ても、普通の女だったんだから。

襲われてた彼女を見つけたあの夜、マルコの狼狽っぷりは酷いもんだったし、
目を醒ました彼女におれが冗談で言った「付き合わない?」なんて
おれにとったら挨拶みてェな言葉にすら過剰反応して不機嫌になってた。

いままで散々「女は面倒臭ェ」って言ってきた奴がだ。
からかうなって方が無理な話だろ?



水面下の、



コックの朝は早い。

朝飯の準備をする為に怠い身体を起こして食堂に向かう途中、
ちらと甲板に視線を遣れば、ラクヨウとなにやら二言三言話して掃除道具を受け取るヒロちゃんが見えた。

珍しくマルコと一緒じゃねェんだなと思いつつ、欠伸を噛み殺しながら食堂の扉を開ける。


暫くすると血相を変えたマルコがキッチンに飛び込んで来て、
一度キッチンの奥まで視線を巡らせたあと、おれの腕を掴んで船縁まで引っ張って行かれた。

え、おれ男に手を引かれて歩く趣味は無ェんだけど。

心の中ではそう言うものの、軽口を叩ける雰囲気でも無く黙っていれば、
船の外…つまり、海を指差したマルコが徐に口を開く。

「飛び込めよい。」
「はァ?!!」

突然の発言に思わず何言ってんだコイツって顔をすれば、
マルコがつべこべ言わずに飛び込めとおれを無理矢理海に突き落とそうとしてきた。

「ちょっと待て落ち着けって!おれ何かしたか?!!」
「煩ェ、ヒロが居ねェんだ!海に落ちたのかもしれねェから探して来いよい!!」
「は?!彼女なら甲板だろ!」

落とされないように踏ん張りながら声を張り上げれば、

ぴたり。

マルコの動きが止まって、ぐいぐい押されていた力が消える。

何も言わずに身体をぐるりと反転させて甲板へと走り出した奴の背中はあっという間に見えなくなった。


急ぐわけでもなく後を追って甲板に出れば、
まるで迷子のガキが母親を見つけたみたいに彼女を抱きしめているマルコがいた。

なにが起こったのか解らないと言いたげな顔をした彼女が、
それでもマルコの身体におずおずと腕を回せば、少しだけ奴の肩の力が抜けたのがわかった。

(…本気、なんだなァ。)

いやまァ、そうなんだろうなとは思ってたけど。

突然居なくなって、突然帰ってきたあの日に、どこか喜びきれないような顔をしていたのも、
こちらに来た彼女をずっと目に見える所に置いておきたがったのも、
おれの気のせいなんかじゃなかったってことだ。

(本気で惚れた女が異世界の女かー。)

お前そりゃァ、遠い海の向こうを見つめながら溜息も出るわな。
おれはそれを想像しただけで溜息が出るわ。

マルコと彼女を見たまま固まったように動かないラクヨウや雑用共に少し笑いながらそんなことを考える。


「こんな朝っぱらから、何を騒いでんだ。」

煩ェなと、ふとそんな声が聞こえてそちらに視線を遣れば、くあ、とでかい欠伸をしながら
朝に弱いイゾウが不機嫌丸出しの顔でだらだらとこちらに歩いてくるのが見えた。

「おう、はよ!アレだアレ。マルコとヒロちゃん。」
「…おはようさん。あァ…、成程な。」

口を手で覆うこともせず、もうひとつでかい欠伸をしたイゾウが眉間に皺を寄せて
未だにヒロちゃんを離さないマルコに目を遣る。
…おれァ着るものにゃ散々こだわる癖に欠伸を気にしねェこいつのこういう処がよくわからねえ。

「らしくもなく、執着してるみてェじゃねえか。」

ニヤリと口の片端を上げたイゾウは至極楽しげだ。
まァ、恐らくおれも同じような顔をしてるんだとは思うが。

「つい昨日、二人きりで書庫に居たのをからかったら本気で睨まれっちまったぜ。」
「おれもヒロちゃんに冗談で『付き合おう』つったら部屋追い出されたわ。」
「ビスタの奴もちょっかい出したらしいが、まともに話もさせちゃくれなかったとよ。」

甲板の真ん中で抱き合う(と言うか、ほぼマルコが一方的に抱き着いてると言うか、な)二人を
暫くニヤニヤと眺めながら、ふと疑問が浮かぶ。

「あの二人、どう見ても想い合ってんのになんでくっつかねェんだろうな。」

はて、と腕を組んで首を傾げると、イゾウくつりと喉を鳴らした。

「さてなァ、本気故に見えねえモンもあるんだろ。」
「しっかし、マルコも面倒臭ェ女に惚れたもんだ。」
「そうかい?どこの女だろうが関係無ェだろ。」

あいつァ自分が何者か忘れてやがんだ。

いつの間にか煙管を取り出して火を入れながらそう零すイゾウの方に視線を遣れば、
奴も調度おれの方を見たところだったらしい。
ぱちりと目が合って、お互いニヤリと口の端を歪めた。












おれ達ァ海賊だ。

欲しいものが目の前にあるんだ、奪っちまえばいい。

(ぶっ!見ろイゾウ、マルコの奴耳赤ェぞ!!)
(おやまァ、うちの一番隊隊長様はいつからそんなに初心になっちまったのかねェ。)
(まー暫くは優しく楽しく見守ってやりますかねー。)
(くく、あァ、いい暇潰しになりそうだ。)




- ナノ -