「他のテーブルも空いてるだろうがよい。」

「こちらのお嬢さんと話がしたいんだ。悪いか?」



英語を習おう。



ず、と紅茶を啜りながら睨み飛ばすようにビスタさんを見て、
チ、というかもうチッ!!!くらいの舌打ちをしたマルコさんを
睨まれている本人は気にする風でも無く、にこやかにわたしに話し掛けた。

「…英語の基礎?あァ、そういえば宴のときに読めないと言っていたな。」

唐突に振られた話題に、え、と声が漏れて、すぐにわたしが先刻まで逆さに持っていた、
積まれた本の一番上に置いた本がそれだと言うことに気付いて、こくこくと頷く。

向こうの世界のわたしの国ではこの言葉が主流だったんです、と
日本語で書かれた本を指差せば、軽く目を見開いたビスタさんがワノ国の言葉か、と呟いた。

「わたしの世界でも英語はほぼ世界共通語だったんですけど、
日本語と文の作り方が違うからどうも苦手で…。」

かといって、いつまで居るのかわからないとは言え、
その間英語はわからないからの一言で済ますのは嫌だし、勉強しようとおもうんですけど。

先刻そこに置いたばかりの本をもう一度手にとって眺めて溜息を吐くわたしに
ビスタさんが、どれどれ、それじゃァ少し手を貸そうかと笑って
ティーセットをテーブルの隅に寄せると、わたしの持っていた英語の基礎本をひょいと取って空けたスペースにそれを広げた。

「単語くらいは解るのか?」
「う、多分、常用するものが多少、くらいです。」
「そうか、じゃァおれのニホン語と同レベルだな。」

少しだけ悪戯っぽく笑うビスタさんに、ふふ、と少し笑ったあと、
お願いしますと頭を下げてビスタさんの方に椅子を寄せる。


……いや、寄せようと、した。

椅子に座ったまま肘置きの部分を掴んで少し腰を浮かせてビスタさんの方に椅子を移動しようとしたところで
反対側の隣から手が伸びてきて、わたしが持っていた肘置きの部分をがっしりと掴まれていたのだ。

「…あの、マルコさん?椅子が動かせないんですけど。」
「英語ならおれが教えてやる。…部屋行くよい。」


言うが早いか、わたしの椅子を掴んだまま椅子から立ち上がって
広げてあった本を綴じて、わたしが積んであった本の上に重ねると
その上に更に自分の持っていた分の本を重ねて纏めて小脇に抱える。

椅子を掴んでいた手がわたしの肘の少し上を掴んで上に引かれて
わたしのそう軽い訳でもない身体がひょいと持ち上がって、
そのまま船室側に引っ張られれば、抵抗なんかしたところで意味は無く、
わたしの身体はわたしの意志に関係無くそちらに向かっていった。

(なんか今日こんなんばっかりだなぁ…!)

引っ張られながらも後ろを振り返って、「すみません、お茶ご馳走様でした!」と
ビスタさんに向かって少し大きめの声で言えば、
ビスタさんは口許を緩めながら、気にするなとでも言うようにこちらに向かって軽く手を挙げた。

先刻のイゾウさん然り、ビスタさんの双璧は柔らかい色を含んでマルコさんを見ているように見える。


当のマルコさんはそれに気付いている様子は欠片も無く、
わたしを引っ張りながらぐんぐん自室へと進んで行く。

転ばないように付いていくのが精一杯なわたしは
なにか怒らせるようなことしたかなぁと考えるもイマイチそれどころではない。

マルコさんの部屋に着いて、扉が閉まった途端にわたしの腕から手を離して
部屋の中央辺りに置かれた四角いローテーブルに小脇に抱えていた本を置くマルコさん。

そのままローテーブルと並べて置かれたソファーに腰を沈めると、
入口に立ったままだったわたしを見て、ぽんぽんとソファーの自分の隣を叩く。

促されるままにマルコさんの隣に腰を沈めて、あの、と声を掛ければ
わたしが何か言うよりも早く、気まずそうな顔をしたマルコさんが悪かったよい、と謝った。

「…え、なんで謝るんですか。」

おもわずぱちぱちと何度か瞳を瞬かせれば、
お前が船に馴染むのを邪魔したから、と俯きがちに、
呟くような声で言うマルコさんに少し驚く。

「…邪魔したんですか?」
「…邪魔したつもりじゃなかったけどよい、結果的にそうなってるだろい。」

不貞腐れた子供みたいな物言いにふふ、と笑えば、ジロリとマルコさんに睨まれた。

「ビスタさん、別に気にした風でもなかったから大丈夫じゃないですか?」

寧ろなんだか嬉しそうにも見えましたけど。

肩を揺らしながら答えれば、別にビスタの機嫌なんざどうでもいいんだよい、と言われて首を傾げる。

「…おれは、おれの傍でヒロが笑っていてくれるならなんでもいい。」














彼はいま、天然タラシスキルを絶賛発動中のようです。

なんなのその口説き文句!

(…マルコさん、絶対いつか刺されるとおもいます。)
(は?)
(なんでもないです。英語、教えてください。)



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