何故か突然マルコさんに数冊読みたい本を選べと言われて、
日本語の本と英語の基礎本的なものを数冊手に持つと
マルコさんに引きずられるように腕を引っ張られて書庫を出ることになった。

それはそれは可笑しそうに、それでも声を立てずにくつくつと笑うイゾウさんに
「またな。」と手を振られて、笑って手を振り返す。



のんびりと過ぎる時間。



甲板に出て、幾つか置いてある三人掛けの木製の丸テーブルと椅子のセットの一番隅に案内されて座る。

同じように何冊か本を持ってきたマルコさんが
同じ丸テーブルのわたしの隣の椅子にどかりと座った。

「……あの、」

丸テーブルに借りてきた本を置きながらマルコさんに声を掛ければ、
既に本の頁を捲り始めていた彼が、ん?とこちらを見て小さく首を傾げる。

「その、そんなに気を遣ってずっと一緒に居てくれなくても、大丈夫、ですよ?」

お仕事とか、あるんですよね?


眉を寄せてそう言えば、マルコさんはぱちり、とひとつ目を瞬かせたあと、
ふ、と息を漏らして細い目を更に細めて少しだけ口角を上げた。


「お前こそ、無駄な気ィ遣うなよい。」

おれがそうしたいからしてんだ、気にすんな。

そう言って、マルコさんがあんまり優しい顔をするもんだから、
わたしはなんとも言えなくなってしまって、それはどうも、とだけ返して
持ってきた本の適当な頁を開いて顔を埋めた。

ああもう。もう。もうもう。
期待しないって決めてるのに。

(そんな顔されたら、勘違いしそうになるじゃないですか…!)

マルコさんはあれだ、気ィ遣い屋さんで、紳士で、セクハラで、海賊で、天然タラシだ。

そりゃあ頭パイナップルでファンキーなおっさんでも参っちゃう女子が沢山いるでしょうよ!
そして漏れなくわたしもその一人ですよ馬鹿馬鹿カバ!!

そんなことを考えながら本から顔を離せずにいれば、
隣からくつくつと聞こえる肩を揺らしているのだろう声。

「…なに笑ってんですか。」
「その近さで文字が見えんのかい。」
「エエ、ヨユーデス。」
「…へェ、本が逆さでも?」
「?!」

ガバッと顔から本を離してみれば、確かにわたしが手にした本は逆さ向きで。

ぶわぶわと羞恥で顔が赤くなるのが自分でもわかって、
最近の向こうの世界の流行りなんですー!とか嘘丸出しなごまかし方をしてみるも、
それはマルコさんの肩の揺れを大きくしただけだった。

ぐう、こんなんじゃマルコさんにドキドキしてるのがすぐにバレちゃうじゃないか…!

本の向きは直してみても、相変わらず本から顔を上げられなくなってしまった。

と、マルコさんと逆側の隣にカチャリとティーセットが置かれて、
そちらに視線をやれば、お邪魔しても?と言いながら空いている椅子を指差す、
シルクハットに先端がくるりと巻かれたお髭が特徴的なおじ様。

どうぞ、と慌てて本を寄せて、テーブルの空きスペースを広くすれば、
彼はすまないな、と目尻の皺を深くして、とても海賊とは思えない動作で指差していた椅子に座った。

(えぇと、えぇと、このおじ様はたしか、)

なんかちょっと美味しそうな名前だったんだよね。
えぇと、クッキー、じゃなくて、…ビスケット!、でもなくて、あー…、あ!

「ビスタさん!」
「おや、早速名前を覚えて貰えたとは、光栄だな。」

くるりとカールした髭の先端を左手の親指と人差し指で挟んで
形を整えるようにしながら、ニ、と歯を見せて笑ってくれたビスタさんに
名前をちゃんと(?)覚えていた嬉しさも手伝ってにこにこと笑い返す。

ビスタさんは手慣れた様子でカチャリカチャリとティーセットを動かして紅茶を二人分入れると、
ひとつを自分の前に、ひとつをわたしの前に置いてくれた。

「わ、あ、ありがとうございます…っ。」

中身なんて全然読めていなかった本をテーブルの上に積んだ本の一番上に置いて、
ビスタさんが冷めないうちに飲め、と言ってくれたそれを手にとってふうふうと少し冷ましたあと口をつけた。

(うわっ…、美味しい!)

向こうの世界では手軽なティーパックのものばかり飲んでいたけど、
ビスタさんが入れてくれたそれは味も薫りも全然違くて、
頬が緩むのもそのままに美味しいです、とビスタさんを見遣れば、
それは良かった、と微笑み返してくれる。














…なんていうか、『大人の男の人』を体現している感じのひとだ。

(…おい、おれの分は無ェのかよい。)

ムス、と眉間に皺を増やして言うマルコさんに、
野郎はセルフサービスだ、と言いながら自らの紅茶に口をつけるビスタさん。

マルコさんは盛大に舌打ちを響かせたあと
少し乱暴にソーサーにティーカップを載せてどぼどぼと紅茶を注いだ。



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