食事を終えて、キッチンに居るサッチさんにごちそうさまでした、と食器を返して
マルコさんのあとに付いて食堂を後にした。

「医務室の奥はナース達の部屋、その隣がオヤジの寝室、」

で、こっちが食糧庫、資材倉庫だ。

教えて貰った場所を反芻しながら頭の中で必死に地図を作る。



船内一周。



船内をぐるぐると歩いたあと、とある扉の前で立ち止まったマルコさんに「皺。」と言いながら
眉間をぐりぐりと押されて、相当眉間に皺を寄せていたらしいことに気付いた。

眉間の皺を手で伸ばしながら、船の中で迷子になりそうです、と呟くと、
大丈夫だ、誰かしら近くにいるから。とマルコさんがわたしの頭にぽんと手を置いた。


そして、目の前の扉に徐に手を掛ける。

開けられた扉の向こうに見えたのは、幾つもの立派な本棚で、おもわず息を呑んだ。

「…わぁ、小さい図書館みたいですね。」

ふらふらと背の高い本棚を眺めながら室内へと入っていけば、
後ろから「転ぶなよい。」と声を掛けられる。

マルコさんを振り返って、子供じゃないんだから転びません、と軽く頬を膨らませれば、
入口の扉に凭れ掛かったままのマルコさんにどうだかな、と鼻で笑われた。

すぐ馬鹿にするんだから、と憤慨しながら綺麗に並べられた背表紙を眺めて歩く。
当たり前のように洋書ばかりのそれらの中の一角に、この世界では珍しいらしい、見慣れた文字が並んでいた。

(…日本語、だ。)

殆ど無意識にそれを手に取って、ぱらりと頁を捲る。

中身は日本の有名な昔話から海の知識関連の本まで様々だった。
手の届く範囲の本を夢中で手にとっては中身を確認して元の場所に戻す作業を繰り返していれば、
いつの間にかすぐ近くに立っていたマルコさんに、そこら辺は全部イゾウが持ってきたもんだよい、と声を掛けられた。

「あ!あの和服美人の隊長さん。」
「…お前、それアイツの前で口に出すなよい。」

眉間に皺を寄せてなにやら苦々しい顔をするマルコさんに首を傾げれば、
女顔を気にしているからそれを言われると彼は不機嫌になるのだとか。

へぇ、美人さんは美人さんで悩むことがあるんだなあなんて考えながらマルコさんの言葉に頷きを返す。

「この世界にも日本語があるんですね。」
「あァ、ワノ国ではその言語が主流らしい。」

ワノ国、って確か向こうでマルコさんが話してくれた、
日本と似た文化の国だったっけ。

今度イゾウさんと話す機会があったら色々聞いてみたいなぁ。

「…一先ず案内はこんなとこかねェ。」
「あ、ありがとうございました。」
「暫くここに居たきゃ居りゃァいいが…どうしたい?」

どうしたい、と聞かれておもわず固まってしまった。

多分、書庫に居たい、と言ったらマルコさんが
わたしの気が済むまで付き合ってくれる気がしてしまったから。

こちらに来てから、空いている時間のほぼ総てをわたしの為に使ってくれてるんじゃないかというくらい
気を遣って傍に居てくれるマルコさんにこれ以上迷惑を掛けたく無いんだけど、なんて答えたらベストなんだろう。

こういうときに気が利かない自分が嫌になるなぁ、と脳の片隅で愚痴りながら
なんて答えようか考えていると、タイミング良く書庫の扉が開いた。

「…おや、邪魔したかい?」

一瞬目を見開いて、すぐににやりと笑ったその人は、つい先刻話題に上がった和服美人な彼だった。

あまり性質のよろしくない笑みを浮かべるその人に、慌てて首を横に振る。

「へぇ、滅多に人が寄り付かない部屋の隅で寄り添ってるもんだから、」

てっきり逢瀬の邪魔しちまったのかと思ったぜ。


くつくつと愉快げに笑いながら言うイゾウさんの言葉に、
一気に顔に熱が昇って、マルコさんからすすす、と距離をとった。

なんだってこの船の人達はこぞってそういうからかい方をするんだろう。

(…わたしは別に、嫌じゃないけど、さ。)


初めてこの船で目を覚ましたときに、エレノアが言った言葉が頭を掠める。


――― 特に女の人は、『女はすぐに惚れただなんだと抜かすから面倒臭ェ。』なんて言って絶対連れて来ないのよ。 ―――



…頭ではわかってたって、どんどん好きになっていく気持ちは止められないわけで。

でも、この気持ちは彼にとったら面倒臭いだけのものなのだから、伝える気はないし、期待もしない。















しないったらしない。

例えば彼がどんなに優しくしてくれたとしても、
それは彼がわたしに好意を持ってくれている理由にはならないんだもの。
そもそも、わたしはいつか自分の世界に返るのだから。


わたしは自分に言い聞かせることに夢中で、
隣でマルコさんが不機嫌そうに舌打ちを漏らして、イゾウさんとなにやら話をしていたけど
わたしの脳みそにはその会話は欠片も入って来なかった。



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