先刻まですぐ隣にあった島が豆粒みたいな大きさになった頃には船内は大分落ち着いていた。

わたしは邪魔にならないようにと移動した甲板の隅、
欄干に手をついて少し身を乗り出すようにして船の後ろを見る。



「あんまり乗り出すと落ちるよい。」



出航です。



聞き慣れた声と特徴的な語尾に振り返れば、
そこには少し疲れたように首を回すマルコさんが居た。

「…陸が離れていくのが不安かい?」

なんだか少し寂しそうにも見える顔で欄干に背を凭れて隣に立つ彼を見て
首を横に振れば、意外そうな瞳がこちらに向けられた。

「追い掛けられたりはしないんだなぁとおもって見てただけなんです。」

言いながらマルコさんと逆側、遠くなっていく島に視線を戻せば、
頭の後ろから「ああ、そういうことかい。」と溜息のような声が聞こえてくる。

「…まァ、海軍の奴らも白ひげに手を出すリスクをわかってんだろい。」

"白ひげ"と言う存在は、この世界においてそれ程までに大きな存在なのかと
驚いてマルコさんを見て、ふと疑問におもったことを口にした。

「でも、同じ島には居られないんですね?」
「仲良しこよししてる訳じゃねェからなァ。」

本格的な戦争はしないまでも、小競り合いくらいにはなっちまうだろい。


そう言って、面倒臭そうに、でも愉快げに、少し凶暴さを孕んだ瞳で
いまはもう豆粒よりも小さくなってしまった島を見る。

その様子を見て、ああこの人は海賊なのだと今更ながらにおもった。



ふるりと、身体の何処かが、震えた気がした。



初めて見たその表情に、マルコさんから目を逸らせずにいれば、
それに気付いた彼が真剣な面持ちで真っ直ぐわたしを見て、
わたしの耳の上辺りの髪を梳くように手を動かしたあと
その手がそのまま頬を包むように添えられて止まる。

どくどくと早くなる脈に、
何故かいまだに逸らせない視線に、

息が上手く吸えない。


(…うわ、うわ、わ、なにこの雰囲気…っ。)


マルコさんがヒロ、と名前を呼ぶのと同時に、
船室に繋がる扉が開いて、「野郎共、昼飯だぞー!!」という
サッチさんの大きな声が甲板に響き渡った。

「………。」
「………。」
「…飯、食いにいくかい。」
「え、あ、はいっ。」


(…うわ。なんか、なんか、自意識過剰すぎて恥ずかしいんだけど…っ、だけど、)






浮かんでくる馬鹿みたいな考えに火照る顔を隠すように
俯き加減で揺れる甲板を歩いて食堂に向かう。
食堂に入ると、そこは人で溢れ返っていて、ああやっぱり大所帯なのだと改めて実感した。

マルコさんのあとに続いて、食堂の奥、キッチンでご飯を貰ったあと、
そこに近い長テーブルに並んで座る。

向かいには大量に、それこそ山のように積まれたご飯の向こうに、
橙色のテンガロンハットが見え隠れしていた。

(相変わらず凄い量だなぁ…。)

苦笑しながらその様を眺めていれば、みるみるうちに減っていく山。
お互いの顔が見える高さになって、彼はやっとわたしの存在に気付いたらしく、
忙しなく口を動かしながら「よォ」と軽く手を挙げた。

「…食欲旺盛だね。」
「おう、食っても食っても腹が減るんで困ってんだ。」
「困ってるのはお前じゃなくてこの船の会計担当とコック達だよい。」
「えー、おれこれでも結構我慢してんだぜ?」
「じゃァもっと我慢しろい。」

お互い食事の手を休めることなく続く言葉の応酬に、
自身も食事を進めつつも、ふふ、と笑いが漏れる。

「…どうかしたかい?」
「や、いつも賑やかで楽しいなとおもいまして。」
「そうかねェ。まァ楽しいんならなによりだよい。」

少しあとに、ああそうだ、となにか思い出したようにわたしを見るマルコさんに首を傾げて続く言葉を待つ。

「遅くなっちまったが、飯を食い終わったら…船内を案内するよい。」
「わ、よろしくお願いします…!」

急いで食べ終えます!と食べるスピードを上げれば、
マルコさんがくつくつと肩を揺らす。

隣にいるマルコさんはすっかりいつも通りのマルコさんで、
やっぱり先刻のは気のせいだったんだな、と再確認した。

















キスされるかとおもった、なんて。

自意識過剰だよねぇ。
ああもう、恥ずかしい。



- ナノ -