遅めのお昼を頂いたあと、ここがお前の部屋になる予定の倉庫だと案内された部屋の扉を空ける。

(…うわぁ、これはまた、)

「凄い、ですね。」
「あァ、まあ、な。」



お掃除しましょう。



そこはまあ…なんというか、埃と蜘蛛の巣の温床とでもいうのか、
あ、長らく使ってなかったんですね。と言うことがよくわかる有様で。

「…うん、はい。頑張ります。」

ふ、と息を吐いて軽く拳を握れば、マルコさんが軽く目を見開いた。

「…一人でやる気かい?」
「え、はい。そりゃあ、突然お世話になってお部屋をお借りするわけですし。」

雑巾とかバケツとか貸してください。
とお願いすれば、髪がぐしゃくしゃになるくらい頭を撫でられた。






一人でやると言ったのだけど、元から倉庫に積まれている荷物がわたしでは
運び出せないからと結局マルコさんが手伝ってくれている。

お互い黙々と掃除を続けて、大分綺麗になってきた様は気持ちがいいけれど、これは困った。

(ッ、どうしよう…ッ。)

とりあえず咄嗟に手近にあった空き缶みたいなやつを被せて上から抑えてみてるのだけど、恐ろし過ぎて声も出ない。


――― まさか、まさか、奴がこちらの世界にも存在しているだなんて。


わたしは基本的に昆虫全般平気な人間だ。
そりゃぁ好きではないけれど。

でも奴は。奴だけは本当に駄目だ。
あのこちらに向かって来る感じだとか、黒光りする背中だとか、飛ぶところとか、
とにかくその存在自体に心底恐怖を覚える。

冷や汗をだらだらかきながら、おかしな体制のまま
ぴくりとも動かなくなったわたしに気付いたマルコさんが、訝しげにわたしの名前を呼んだ。

「…ヒロ?どうした。」
「マ…マルコさん、助けてください…っ!」

もう半分涙目のわたしを心配そうに覗き込むマルコさん。
しかし彼は次のわたしの言葉に心底呆れきった顔をすることになる。



「ゴ…ゴ●、…が…!」



なんだそんなことかよいと溜息混じりに呟く彼に、
わたしにとってはそんなことじゃないんです…!と嘆けば
深く溜息を吐いて船の外に放ってやるから退け、と言ってくれた。

わぁあ、神様仏様マルコ様…!
もうマルコさんが後光を放っているようにすら見えるありがたさだ。

しかし、ここでひとつ問題が。


「…ッ、奴が出てくるのが怖くて退けません…!!!」
「馬鹿だろい。」

もうこの際馬鹿で結構だけど、とにかくもう半分以上頭がパニック状態である。

と、そこで部屋の扉が突然勢いよく開いたもんだから、
ビクーッ!となったわたしの身体はうっかり缶から手を離してしまっていて。


「なあマルコ、書類の提しゅ「いや―――――――――ッッ!!!」
なんだァ?!!」


黒光りする頭が見えた瞬間に、わたしは回れ右してすぐそこにあったなにかに
縋るように抱き着いていた、と言うかもう殆ど押し倒していた。

カサカサと聞こえるあの独特な音に、もう完全にパニック状態である。

「―――〜〜ッッ!!」
「…ッ、エース、それ燃やせ!」
「あ?どれだよ。」
「だからそれだよい、それッ!」
「あー、なんだゴキブ「やっ、名前呼ばないでぇええ!!!」
「エース!いいから早く燃やせッつってんだろうがよい!!」
…はいはい。くっだらねェ。」

ボシュ、となにかが燃える音がして、カサカサという音が消えた。

ぎゅうぎゅうとしがみついていたそこから深い深い溜息が聞こえて、ぽんぽんと背中を軽く叩かれる。

「あー…、ヒロ、もう大丈夫だから、…離してくれないかねェ。」
「……?、ッ!!」

どうやら回れ右したときに押し倒したものはマルコさんだったらしく、
自身の上半身を肘で支えているマルコさんの足の間に自分の身体があって、
更に腕はマルコさんの胸板にがっしり回しているというなんとも言えない状態だった。

「うわあ、ごごごめんなさい…!」

飛び退くようにマルコさんから離れれば、エースが呆れたように「なにやってんだよ、お前ら。」と言う声が聞こえた。

「や、元はと言えばエースが突然ドア開けたからだからね?!」
「はァ?!なんだそのとばっちり!」

エースとぎゃあぎゃあ言い争っていると、マルコさんが低い声で
ヒロ、と名前を呼ぶ声が聞こえた。

「うわはいすみませんでした真面目に掃除しますっ。」

再び雑巾を手にすると、それを取り上げられて、
「今日はもう掃除はいいから、風呂行くよい。」
と言われた。

「え、」
「今日買ったモンの中から着替え持ってこい。」
「…え、はい。」















一切こちらを向かずに喋るなんて滅多に無いマルコさんの態度に、
そんなに怒らせてしまったのかと急いで言われたままに着替えを取りに行った。


(…マルコお前…顔赤すぎて気持ち悪ィ。)
(ッ、煩ェよい!お前、潤んだ目で縋るように見られて更に押し倒されて
挙げ句耳元で『やっ、』とか言われてみろい…っ。)
(いやいや、みろい、じゃねェよ、気持ち悪ィもんは気持ち悪ィよ。)

(マルコさんお待たせしました…っ!)
(…チッ、行くよい。)
(ヒィ、物凄く怒っていらっしゃる…!)


(…なんつーか…お前ら二人共馬鹿だろ。)




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