「まず医務室に行くんだったか?」
「あ、はい。よろしくお願いします。」


ご飯を食べ終えて、食堂から出てエースくんと二人で医務室に向かう。

…向かう、というか、未だ船の内部がよくわかっていないわたしは、
エースくんの後ろについて歩いているだけなのだけど。



いってきます。



「おーい、誰かいるかー。」

大きな声で言いながら、ノックも無しに医務室の扉を開けて
ずんずん中に入っていくエースくん。
良いのかな、とおもいながら、一応失礼しますと声を掛けてから後に続いて中に入る。

「はいはい、何かありました?」

カチャリと軽い音がして、わたしが使わせて貰っていたベッドの傍の扉が開いた。

凜とした雰囲気の、綺麗な黒髪のナースさんだ。

わ、エレノアとは違うタイプだけど、これまた綺麗なひとだなぁ…!


ほわほわと見とれていれば、わたしに気付いたナースさんが
貴女がヒロね!と笑いかけてくれた。

「わ、あの、初めまして!」
「ふふ、エレノアでしょう?いま呼んでくるわ。」

綺麗なナースさんが優雅に手を振って扉の中へ戻って行った。

「…この船には美人さんしかいないんですね。」
「あ?別にそうでもねェだろ。」

なんと…!!!
あのレベルでそうでもないとか、エースくんの理想はどんだけ高いの!

おもわずまじまじと見つめれば、なんだよ、と眉間に皺を寄せられた。

「エースくんて、贅沢ですね。」
「な…っ、馬鹿違ェ!そうじゃなくて…おれは
香水の匂いじゃなくて、いい匂いのする女が好きなんだよ!」

ああ、つまりあれか、タイプじゃないって言いたいのか。

「でも贅沢は贅沢ですよ…。」
「…お前アレだな、酒場で本気で女口説いてるおっさんみてェだな。」

何故か呆れるような視線を向けられたところで、
ベッドの隣の扉が開いて、身体にぴたりとフィットするタイプのTシャツに
ダメージデニムのミニスカートにヒールの高いミュールを履いたエレノアが
待たせちゃってごめんなさい、と顔を出した。

「わあ、エレノア、私服姿も可愛いね…!」
「ふふっ、ヒロってやっぱり変な子ね。」
「…やっぱり酒場のおっさんにしか見えねェ。」

あら、エース隊長、何か御用かしら?
と綺麗に揃えた細くて長い指を口に当てたエレノアに、
マルコからお前等の護衛を頼まれたんだとエースくんが答える。

途端、にんまりとわたしを見るエレノア。

「愛されてるわね、ヒロ。」
「いやだからそういうんじゃ…、まあいいや、行こう。」

マルコさんのことに限って、どうやら彼女の耳にわたしの言葉は届かないらしい。
もう反論することを諦めて、エースくんにお願いしますと頭を下げた。

「ん、お前等二人だけでいいのか?」
「ええ、他のナース達も来たがったんですけど、今日の非番はあたしだけなので。」
「おし、じゃあ出発すんぞー。」

はーい、と良い子の返事をして、エースくんに続いてエレノアと二人並んで甲板に出る。

と、船から降りる為の縄ばしごの横に、特徴的な髪型の金髪が揺れていた。

「…マルコさん!」
「…あァ、ヒロ。」

その姿に気付いて小走りに近付けば、わたしに気付いたマルコさんが少しだけ笑う。

「もう出るのかい?」
「はい。本当に色々すみません。…あと、ありがとうございます。」

ぺこりと頭を下げれば、良いんだそんな事はと頭を撫でられた。

「…気をつけて、行って来いよい。」
「はい。」
「エースと逸れるなよい。」
「はい。」
「暗くなる前には船に戻れ。」
「…ふふっ、マルコさんて本当にお母さんみたいですよね。」

暗くなる前に帰れだなんて、随分懐かしい響きだと肩を震わせれば、
眉間の皺を増やしたマルコさんに「返事は。」と右の頬をぎゅうと引っ張られた。

「ひゅみまひぇん、わひゃりまひた。」
「よし。」

ぱっと手を離されたあと、ヒリヒリと痛む頬を摩っていれば、
後ろでその様子を見ていたエレノアがくすくすと楽しげに肩を揺らしていた。

先に降りるわね、と笑った彼女は手慣れた様子で縄ばしごを降りていく。

「…わ、改めて見ると結構高い。」
「降りられそうかい?無理なら船の下に降ろすくらいはしてやれるよい。」
「え、縄ばしご以外に降りる方法があるんですか?」
「ああ、お前一人抱えて飛び降りるくらい訳無ェ。」
「……え、飛び…?」

言うが早いか、マルコさんはわたしをひょいと横抱きにすると、
しっかり掴まっとけよい、と欄干の上に立った。

「え、え?!ちょ、待、ッきゃあああああああああ!!!!!」

タン、と軽い音を立ててマルコさんが欄干を蹴った直後、
エレベーターなんて比じゃないくらいの無重力感。

一瞬お花畑が見えた気がしたのは多分気のせいなんかじゃない。

力一杯目を瞑って、マルコさんの首筋にぎゅうとしがみつけば、
暫くの落下の感覚のあと、ザッという音がして、
耳元でマルコさんが喉の奥で笑う声が聞こえた。

恐る恐る目を開けてみれば、すっかり近くなった海面と砂浜に、
一気に変な汗が吹き出した。

「な…っ、なん、なんてことするんですか…ッ!!」
「くくっ、悪かったよい。」















次からはどんなに時間が掛かることになっても
縄ばしごを自力で降りようと心に決めた。


(…お前顔真っ青だぞ、大丈夫か?)
(…あれ、エースくんいつの間に降りて、)
(おれ等と一緒に飛び降りてたよい。)
(………規格外の身体能力のひとしかいないんですか、この船は。)



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