普段一箇所に集まって飲むだなんて事は無いのに、
今日は物珍しさなのだろう、彼女を囲むように隊長格が全員近くに座っている。

代わる代わる彼女に話し掛けては彼女の世界の話を聞いていた。



性質が悪い。



「へェ、そっちの世界には電伝虫は居ねェのかい。」
「はい、代わりに、っていうか…携帯電話っていう機械があるんです。」
「あ!なァ、もしかしてそれってちっさくて四角い折り畳めるやつか?」
「そうですねぇ、折り畳めない物もありますけど…」
「エースはなんで知ってんのさ?」
「あれだよ、マルコがたまにぼんやり眺めぶげッ!!!」
「?!!」

余計なことを言いそうになったエースを軽く蹴り飛ばせば、
彼女がこれ以上開きようもないくらい目を見開いた。

しかし見られてたとは思わなかった。
今度からもっと周りに気をつけることにしよう。

「え、あの、…え??」
「あー、ヒロちゃん大丈夫大丈夫!」
「エースはあれくらい日常茶飯事だから。」

あははっ、と笑い飛ばすハルタに日常茶飯事…?!と
どうしたらいいのかわからないような顔でおれとエースを交互に見る彼女。

「痛ェなマルコ!!おれいま何もしてねェだろうが!」
「お前にはプライバシーの侵害とか言ってもわかんねェだろうがよい。」
「ぷら…?何だソレ。」

食えんのか?と頭に疑問符を浮かべながら腕を組んで
首を傾げるこいつは本当にどうしようもねえ。

「ふぅん、たまにぼんやり眺めてた…ねェ。」

ああ、にやにやと性質の悪ィ笑みを浮かべながら
おれを見るイゾウの方がよっぽどどうしようもねェんだった。

げんなりと溜息を吐けば、更に楽しそうにくつくつと笑う。
よく見ればハルタやサッチ、ビスタにラクヨウ、
オヤジまでもが同じ類の笑みを浮かべていて、
ジョズやアトモスやキングデューなんかは憐れむようにおれを見ていた。

「そんなことよりヒロ、しっかり食えよい。」

昨日からあんまり飯食ってねェだろ、と言えば、
ちゃんといただいてますよー、と間延びした返事が返ってきた。

「見たことの無い食べ物がいっぱいで、ちょっと食べ過ぎたくらいです。」

ふう、と息を吐きながら腹を摩る彼女は本当に満腹のようだ。

「お腹いっぱいすぎてちょっと眠くなってきちゃいました。」
「そういやァ、お前さん部屋は決まってんのかい?」
「…医務室のベッドをお借りしてるわけにはいかないんですよね?」
「ずっと、ってわけにゃいかねェだろうなァ。」
「そう、ですよね。」

イゾウと話ながら、眉を下げて困った顔をする彼女に
ヒロは暫くおれの部屋だと言えば、困った顔が一気に驚いた顔になった。

「…え。え?!」
「嫌かい?」
「いえあの、嫌って訳じゃないんですけど、」

吃驚しました、と言う彼女に少し安心して、髪を梳くように頭を撫でる。
さらりと触り心地の良い髪の感触に、ずっとこうしていたくなる。

「…大丈夫だ。いまは丁度島に停泊してるから、
おれの部屋の隣の倉庫を片付けるまでの2日程度だよい。」
「倉庫、ですか?」
「ああ、片付けて、この島で家具を揃えてお前の部屋にする予定だ。」
「え?!」

すぐに戻るかもしれないのにそんなの悪いです、
と両手を胸の前でぶんぶんと振る彼女に、にやりと笑って
「それは帰れるまでずっとおれの部屋で一緒に寝たいってことかい?」
と聞けば、顔を真っ赤にしてそんな意味じゃないです!!と声を荒げた。

(…そんな顔されたら、勘違いしそうだよい。)

ふ、と自嘲するように笑って、トドメとばかりに言葉を紡ぐ。

「…こっちに居る間は、主におれがお前の面倒を見る。
その方が何かと都合がいいんだ、そうさせてくれよい。」
「う、…はい、すみません…。」

本当に申し訳なさそうにする彼女に、
ヒロだって向こうに居るとき布団買ってくれただろい。
同じことだ、と言えば、彼女は困ったように少しだけ笑った。


「ヒロ、遠慮せずになんでも買って貰いなさいな。」

くすくすと愉快げに笑いながらヒールの音を響かせて来たのは
ヒロの治療を任せたナースだ。

彼女の姿を認めた瞬間、エレノア!と彼女の名前を呼んでぱっと笑顔になるヒロ。

すくと立ち上がって彼女に走り寄っていく。

「ふふ、先刻聞き忘れたことがあったの。」
「?、何?」

こてんと可愛らしく小首を傾げて先を促すヒロは、
どこか向こうの世界の女友達と居たときの彼女を彷彿とさせる。

それはナースの彼女に対してだけ丁寧語で話さなくなったせいなのか、
嬉しそうに話す態度になのかは解らないが。

「メモは見た?」
「…あ、ごめんなさい。わたし英語読めなくて…。」
「あら、そうだったの。」
「わたしもそのこと聞きたかったの。」

ごそごそとショートパンツのポケットを漁って、
小さな紙切れを取り出したヒロ。
これだよね?とナースの彼女にその紙切れを見せた。

「そ、明日一緒にお買い物行きましょって書いたのよ。」
「わ、嬉しい!…あ、でも、」

わたしお金持ってない…。

見る間にしょんぼりと頭を垂れる彼女に歩み寄る。

「金の心配ならするなよい。」

おれが出すからと言えば、やっぱり眉を下げて困った顔をした。

「あの、でも、」
「ヒロもそうしてくれたろい?」

おれがそうしたいんだと言えば、困った顔のまま
逡巡するように少し視線を彷徨わせたあと、
おれに視線を戻すと、ありがとうございます、と丁寧に頭を下げた。

出来るだけ優しく笑って頭を撫でてやれば、
彼女もふわりと笑っておれを見る。

「じゃあ、明日起きたら医務室に来て頂戴。」
「あ、はい…じゃなかった、うん!楽しみにしてる!」
「ふふ、あたしも楽しみにしてるわ。」

また明日ね、とヒロの頬にキスを落としてナースは踵を返して船室に戻っていった。

「ヒロちゃんいいなー!おれもナースにほっぺにチューして欲しいぜ…!」
「あははっ、まあ一生無理だろうねー。」
「ハルタてめ…!笑顔で酷いこと言うなよ!!」

そんな馬鹿騒ぎの様子を見て、彼女はふふっ、と笑ったあと、
手で口を覆って小さく欠伸をした。

「…眠いかい?」
「…ふへ、はい、少し。」

へにゃりと崩れたそれは見覚えのある笑顔で。

「部屋まで案内する。」
「…ん、はい。」

きゅ、と左手の小指を掴まれて年甲斐も無く心臓が跳ねた。
ああ駄目だ、これは相当眠くなってきてるな。
まあ彼女の事だから、気を使って我慢していたのだろうけど。

「マルコてめぇ!イチャイチャして見せつけてんじゃねェ!!」
「煩ェよい、この万年発情期の馬鹿リーゼントが!」

サッチを一蹴したあと、オヤジにこいつを部屋に置いてくるよいと言えば、
あァ、気をつけて行ってこいよと何故かニヤリと笑った。

(この船の中で何を気をつけろってんだい。)

行くよい、とヒロに声を掛ければ、ん、と小さく返事をしながらこくりと頷く。
おれの小指を掴む手を握って引っ張れば、危うげな足取りで後ろをついて来た。



部屋に着けば、宴の喧騒からは大分離れて静かな空気が流れる。

「ヒロ、ここがおれの部屋だよい。」
「…ん。」
「ここまでの道程は覚えてるかい?」
「…ん。」
「…覚えてなさそうだねェ。」

ふうと溜息をつけば、彼女はやっぱり「ん。」と返事をしながらこくりと頷く。

手を引いたまま部屋に入ってベッドに座らせてやれば、そのままぱたりと横になった。
途端、ふにゃりと緩む頬。

(…無防備過ぎるだろい。)

思わず彼女から目を逸らして部屋から出ようとすれば、
繋がったままだったらしい手がくいと引かれる。

「…マルコさ、も…ねる、です よね?」

呂律も怪しく目を瞑ったまま喋る彼女は相当眠いらしい。
返事をしないおれを訝しく思ったのか、
瞼を押し上げてうっすら覗いた瞳でおれを見た。

(…ああ、クソッ。)

誰に対してなのか自分でも解らないまま心の中で悪態をついて、
緩く引かれ続ける手に誘われるままベッドに沈めば、
満足げにふふ、と笑った彼女が擦り寄ってきた。


「…相変わらず、眠たいヒロは性質が悪ィよい。」


溜息混じりに吐いた言葉への返事は、返事なのか吐息なのかも怪しいような
「ん、」で、そのあとはあっという間に寝息に変わった。

胸に刻んだ誇りに規則的に当たる吐息が擽ったい。

(あー…、オヤジの言う気をつけろってェのはこういうことかい。)















…あんまり無防備な顔ばっかりすんなよい。

このまま全部奪い去ってやりたくなる。



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