コンコン

「オヤジ、入るよい。」

…わ、いよいよ、だ!



はじめまして、異世界人です。



部屋の中から低い声が入室を促す。

おもわず手の平に汗がじっとりと滲んで、
自身の服の裾をぎゅう、と握る。

それに気付いたマルコさんが、そっとその手を引き寄せて握ってくれた。

「…大丈夫だ。」

柔らかく笑って、大きな扉を軽々と開ける。


マルコさんのあとについて部屋に入って、
部屋の奥、大きな椅子にどっしりと座る大きな人を認めて、おもわず息を呑んだ。

マルコさんに、器も身体も大きなひとだとは聞いていたけど、
目の前に居るその人は、わたしの想像していたよりもずっと大きな人だった。

なにせ、日本の標準男性より遥かに大きいマルコさんが子供のように見えるのだ。

三日月型の髭が特徴的で、その口許はへの字に結ばれている。

決して目付きが良いとは言えない双眼が、ジロリとわたしを見た。

ごくり、と自身の唾を飲み下す音が、やたらと大きく耳に響く。


「…マルコォ、なんだその小娘は。」


低くビリビリと響くその声に、ちゃんと挨拶しようとおもうのに
身体が石にでもなったのだろうかと言うくらい、ピシリと固まって動かない。

そんなわたしの手を、ぎゅうと強く握り直して、マルコさんが一歩前に出る。

「オヤジ、おれが向こうの世界で世話になってた、ヒロだ。
面倒はおれが見る。暫くこの船に乗せてくれ。」

くい、と軽く腕を引かれて、そうだ挨拶!と思い出してニ、三歩前に出る。

大きさが違いすぎてちゃんと目が合ってるのかもわからないけど、
白ひげさんの目を見て、ぺこりと頭を下げて口を開く。

「ヒロ、です。船長さんに挨拶も無く船に乗せてもらっててすみませんでした。
あの、すみませんが帰れるまでこの船に乗せてください…!」

一気に喋って、もう一度白ひげさんの目を見る。


(…う、わ、)


厳しい目付きで見られて、目を逸らしたいのに、逸らせない。

まるでなにかの引力でも働いてるみたいだ。

つ、と背中から汗が伝い落ちる。
だけど、不思議と怖いとは思わなかった。



どのくらいの間そうしていたのかわからないけど、
不意に白ひげさんの口角がニヤリと上がる。

そして、グララララ!!と言う音が響いて、
目の前の大きな大きな肩が愉しげに揺れた。

あまりの音の大きさに目を見開いて、どのくらいか遅れて、
白ひげさんが笑ったのだと理解した。

ぽかんと口を開けるわたしに構わず、白ひげさんが口を開く。

「グララ、マルコォ、テメェが女の手ェ引いて歩くなんざ、初めて見たなァ。」
「オヤジ…!茶化すなよい!!」

誰かにからかわれて焦るマルコさんなんて初めて見た。
ほんの少し目尻を赤く染めて、小さく舌打ちをして、
それでも手を離さずにいてくれるマルコさんに、おもわず頬が緩む。

「…で、ヒロ、っつったか。おれの馬鹿息子が世話になったみてえだなァ。」
「わ、え?や、世話だなんてとんでもないです…っ。」

突然自分に振られた話題に慌てて、しどろもどろしながら答えれば、
そんなに緊張するなと笑われた。

「息子の恩は親も一緒に返すもんだ。帰れるまでは好きなだけここに居りゃァいい。」

マルコのことも好きなだけ扱き使え。

再びグララララ!と肩を揺らす白ひげさんに、
ありがとうございます!!と慌てて頭を下げる。


と、白ひげさんが口角は愉しげに上げたまま、誰も居ない扉の方をひと睨みする。


「馬鹿息子共が、そこにいるんだろうがァ!!」


言うが早いか、大きな扉から溢れんばかりの人が白ひげさんの部屋に雪崩れ込んできた。

「オヤジ、新しいクルーか?!」
「え、マルコ隊長の女が乗るって聞いたけど!」
「ひゃほー!女の子ー!!!」
「宴か?!なあ、宴だろ?!!」
「ちょ、全然見えねェよ、退けテメェ等!!」

口々になにか喋りながら、とても人相が良いとは言えない人達がわんさか現れる。

「グララ、煩ェ野郎共だ。」

降りたくなったか?とわたしを見る白ひげさんに、
反射的に首をぶん、と横に振れば、ゆるりと瞳を細めて大きな手で優しく頭を撫でてくれた。


「聞けェ、馬鹿息子共!客人だァ!!」


瞬間、しん、とした船内に驚きを隠せずに居れば、
いつの間にか離れた手で、マルコさんにとん、と背中を押される。

(わあ、これだけ人が居るとどこに目を合わせたら良いのかわかんないな…!)

一度ごくりと唾を飲み下して、覚悟を決めて口を開く。


「あ、の、ヒロ、です。暫くこの船に乗せて頂くことになりました!」

よろしくお願いします!と勢いよく頭を下げた瞬間に、
ドオッと声の波が押しよせて来た。



「「「「「「宴だァ!!!!!!」」」」」」













うたげ…?

首を傾げながらマルコさんに腕を引かれるまま甲板に出れば、
いつの間に用意されたのか大量のお酒と食事。

(ほら、皆お前を歓迎するってよい。)
(…え。え?!これ、わたしのため…?!!)
(そうだよい。好きなモン食って好きなモン飲め。)



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