「サッチ隊長、終わりました。」

綺麗に皮を剥き終えたじゃが芋が水に浸かった
でっかいボールをこちらに差し出しながら、
今日もやる気のなさそうな顔をしたヒロがおれを呼ぶ。

「おー、お疲れお疲れ!」

そこに置いといてくれ、と流し台の横辺りを指指せば、
「あー、はい」とこれまたやる気なさそうな返事をしながら指定した場所にボールを置いた。

「今日はなに作るんでしたっけ?」

若干眠たそうにも見える瞳でこちらを見るヒロに、今日はカレーだと答える。

「あー、じゃあ乱切りでいいですね。」

やっときます、と言う彼女は、やる気なさそうに見えて意外と仕事はソツ無くこなす。

「なァ、ヒロっていつからこの船に乗ったんだったっけ?」

ふと疑問に思ったことを、なんともなしに聞いてみれば、
僅かに眉間に皺を刻んだヒロが信じられないとでも言いたげな顔でこちらを見て、
忘れました。と答えたきりちらともおれを見なくなった。

…アレ?
コレ、なんか地雷踏んじゃった系?

「…ヒロ?ヒロちゃん??
ねぇ、なんか怒ってる?」

様子を伺うように顔を覗き込んだおれに、
心底嫌そうな顔をしたヒロが溜息をついた。

「別に怒ってはいません。…呆れ返っただけで。」


ワォ、辛辣☆

とか言ってる場合じゃねえ。
ヒロを怒らせっぱなしは困る。
何故なら、おれはヒロが好きだから!
いつからだったか、

このやる気なさそうな態度とは裏腹に真面目に仕事するところとか、

その仕事が丁寧で割と要領よく終わらせるところとか、

大分意地っ張りなところとか、

たまに見せる笑顔が超可愛いところとか。


ひとつ新しい面を発見する度に、気付けばどんどん好きになってた。
もうメロメロすぎてどうしよう。
最近はもうヒロと似た髪型ってだけで女の子ナンパしちゃったりして本当重症だと思う。

…なんて一人悶々と考えていたら彼女はとっくに作業を終えていたらしく、
「終わったんで、失礼します。」とか言いながらおれの横を擦り抜けていくところだった。

おれは無意識にヒロの腕を掴んでヒロを引き留めていた。

「?!…なんですか?」
「な…なんだろうね?」

軽く目を見開いておれを見るヒロによくわからない返事しか出来ないおれ。
うわー、ヒロの二の腕柔らけェな…ってそうじゃねえ!!!
必死に脳みそフル稼働して考えを巡らせた結果、出てきた言葉は

「に…ニンジンの皮も剥いて貰っていい?」

だった。
…阿呆かおれは。苦しすぎる。
ニンジンの皮なんてもう他のコックが食堂の方で剥き始めている。
ところが、ヒロは意外とすんなり納得してくれたらしい。

「…じゃあ、お手伝いしてきます。」

ホッとするおれ。

「あ、うん。お願いシマス。」
「………………あの、」
「うん?」
「離してもらっていいですか、腕。」
「え?」

よく見ればおれはまだヒロの二の腕を握ったままだった。
あぁ、悪ィ、と言いながら手を離せば、ふう、とひとつ溜息を吐いた彼女は、
おれが掴んでいた部分を叩くようにしながら食堂に向かう。

え、ヒロちゃん?おれに触られるのそんなに嫌?
あのね、おれも一応傷付くんだぜ?

…とはモチロン言えず、すごすごと肉を捌きながら彼女の後ろ姿を目で追うことしかできない。

あー、いいなぁ、アイツ、ヒロと並んで楽しそうにニンジンの皮剥きしやがって。
いやおれがそうさせたんだけど。
なに話してんのかなー。
ちっ、こっからじゃあんまり聞こえねぇ。

ヒロと並んでニンジンの皮を剥くコックにガン飛ばしながら肉を刻んでいれば、
その反対隣にひょこりと見えた末っ子の姿。

「なあヒロー、飯まだー?」

言いながらヒロの肩に顎を乗せるエース。
おい。おいおい。
おいおいおいおいおい。
そういうことはお前、おれに聞けばいいだろ。
それにそんなに顔を寄せる必要はまっっったく無ェ。
しかしそんなエースを、ヒロは特に嫌がる様子も無くそのままの状態で会話をしている。
…まあこっからじゃエースの声しか聞こえねぇ訳だが。

「なーなー、あと何分で飯出来る?」

「えー?!まだそんなにかかんのか?」

「じゃあヒロおれと遊べよー。」

「なんだよー、つまんねェの。」

その会話の間もずっとエースの顎はヒロの肩の上だ。
エースは、あ、ヒロ、と言ったあと、
ヒロの顔に更に自身の顔を寄せて、
手で口元を隠してなにやらサヤに耳打ちした。
途端、顔を赤くして慌てたようにエースの肩を押すヒロ。


…もう駄目だ。
もう限界。堪えられん。

おれは肉を捌いていた包丁を置くと、ズカズカとヒロに近付く。

そのままなにやら可愛らしい顔でエースと談笑していたヒロの腕を掴んでぐいと引っ張る。
軽い身体は簡単に浮いて、ヒロの目一杯見開かれた瞳が近付いた。
その後ろでエースとコックがポカンと口を開けたままだが知ったことか。

「…サッチたいちょ、わ!」

いつの間にかいつものやる気なさそうな顔に戻って、なにか言いかけた彼女の腕を掴んだまま食堂を出て、そのままおれの部屋へ向かう。







バン!と蝶番が軋む程度には力を入れて自室の扉を閉めて、
そのままヒロをそこに押し付けた。

「…痛いです。」

なんなんですか。
眉間に皺を寄せながらおれを見ようともしないヒロ。


…気に食わない。


顎を掴んで無理矢理こちらを見るようにさせれば、睨みつけるようにおれを見た。

「エースとデキてんの?ヒロちゃんは。」
「…は?」

更に眉間の皺を深くした彼女のそれは肯定にも思えて、
腹の底に蠢く狂暴な感情に火をつけた。
気付けばおれは彼女に噛み付くように口づけていて。

「、んっ…?!」

嫌々と頭を横に振ってそれから逃れようとするヒロの後頭部を押さえ付けて、
無理矢理唇をこじ開けて舌を捩り込む。

「っ、…や、ぁ!」

必死な様子でおれを押し退けようと動く手を壁に縫い止めて、
しつこくしつこく喰らいつくようにキスを繰り返せば
いつの間にか彼女はくたりと力無く、壁にしな垂れかかるように座っていた。

「…っは、さっち、たいちょ、の、ばか…っ!」
「ああ、馬鹿で結構。」

ヒロを他の野郎に捕られるくらいなら、無理矢理だって奪ってやる。
なんと罵られようが知ったことじゃ無ェ。
荒い呼吸を繰り返しながら切れ切れに喋る彼女の顎を掴んで俯いていた顔を上げさせる。

「なァ、エースとは別れろよ。」

無表情のまま言えばぺちん、と両頬に軽い衝撃が走る。
ヒロに顔を挟むように頬を叩かれたようだ。


「…なにを勘違いされてるのか存じませんけど、エース隊長とお付き合いとかしてません。」





「…………………へ?」

たっぷり10秒程貯めて出た声は非常に間抜けなものだった。
いまのおれの顔もさぞ間抜け面なんだろう。

「え、だって、さっき食堂でいちゃいちゃしてただろ…!」
「…エース隊長の人との距離感なんて、誰に対してもあんなもんじゃないですか。」
…言われてみれば、そんな気もしないでもない。

「いやいや、でもヒロが顔赤くして可愛らしい顔するからてっきり…!!」
「かわ…?!馬鹿ですか!」

そんなことばっかり誰にでも言って!!

珍しく声を荒げる彼女の顔は見たこともないくらい真っ赤で。
そんな顔をされたら、自惚れるなと言う方が無理な話だ。

「…まあでも、一番の馬鹿はわたしですけどね。」

そんなだとも知らないで、口車に乗せられてそのまま船に乗っちゃうだなんて。


ふう、と溜息を吐きながら零された彼女の言葉に目を見開く。
…そうだ、思い出した。
おれはグランドラインのどっかの島のレストランで彼女を見つけて。
一目惚れだなんだと言って攫ってきてしまったのだ。
なんでいままで忘れていたんだろう。


「安心してください。いまはもう本気だなんておもってませんから。」


いつの間にか立ち上がった彼女が、ドアノブに手を掛けたのが見えて、反射的にドアノブごと彼女の手を掴んで開けさせないようにしていた。

「…サッチ隊長、こんなことばっかりしてるとそのうち刺されますよ。」

いつものやる気のなさそうな顔でこちらを見て、吐き捨てるように言った彼女を、おれは思い切り抱きしめた。
そのまま彼女の肩口に顔を埋めるようにして、言葉を落とす。


「…なんで、本気だとおもってくんないの。」
「隊長の態度で本気だと思えって方が無理な話です。」
「なんで。」
「…ご自分の胸にでも聞いてください。」
「どうしたら信じてくれる?」
「さあ。」
「もうナンパ辞める。」
「はあ、それはそれは。」
「他の女抱くのも辞める。」
「…わたしに言われても困ります。」

「……………好きだ。」
「……。」

「ヒロが、好きだ。」



無言になった彼女が怖くて、でも離したくはなくて、
恐る恐る顔をあげて彼女を見る。

「…隊長は、狡いですね。」









そんな顔されたら、信じたくなっちゃいます。

(ヒロ…!!)
(さっき言ったこと、ひとつでも破ったら今度こそ許しません。)
(………ハイ。)
(なんですか、その間は。)
(いえあの、ハイ!)


***



『なぁなぁ、かーのじょ、可愛いね!』
『……お兄さんは変な頭ですね。』
『名前なんて言うの?』
『スケサブロウ。』
『え、個性的な名前だね。』
『…本名なわけないでしょう。』
『あはは、なぁおれ君のこと気に入っちゃった。』
『……はあ、それはどうも。』
『うちのクルーになれよ。』
『は?』
『決めた決めた!そうと決まれば…ほっ!』
『え?!ちょっと、降ろし…きゃああああああ!!!!!』


…逃げられない訳じゃなかったけれど。
真っ直ぐにわたしを見た貴方の瞳があんまり綺麗だったから。
騙されてもいいかな、なんて。




- ナノ -