*文中に出る「海底」全て
海底=うみぞこ と読んでください







停泊中のこの島は雨の多い島だと船員が言っていた。
岬の転落防止用の手摺に凭れて暗く静かに揺れる波と灰に染まって行く空をぼんやりと眺める
ザァッ…、と海から吹く潮の匂いが交じる生暖かい風が逆立てた髪を荒く揺らし頬を撫でた

憂鬱な気持ちは日に日に大きくなるばかりだ
暗く澱んだこの海のようなあの男の冷えた唇と意外にも温かな指先が身体に焼き付いておれを焦がすのだから

荒れ始め波がバシャリと音を立て、遠くでは地を這うような雷鳴が轟く
直に、雨が降る

「背中を押してやろうか。ユースタス屋」

ぽつ、と頬に水滴が落ちてきた。
それを気にするよりも先に耳に届いた声が憂鬱を増長させる

「この荒波に揉まれちゃ助からねぇだろうなァ。ましてや嫌われモノのおれ達だ…足掻く事も出来ずに沈んでく」

一方的に喋る声が独特なくぐもった笑いを含ませて儚げに呟く

「こんなにも愛してんのにな…」

波と風の音に塗れて消えた言葉に胸が締め付けられそうだと思った。
落ちて来る雨粒は数を増し髪やコートに染み込む

「雨だ、ユースタス屋」

振り返ると身の丈程の刀を普段通り肩に担いだトラファルガーが数歩先に立ち微かに顎をしゃくる

「雨宿りしていかねェか?」



雨で冷えた身体を重ねるとそこが熱を孕み頭が茹るような錯覚が起きた
湿気と濡れた身体が不愉快で多湿なせいか呼吸がし辛くまるで海に溺れていくようで…。

「心此処に在らずって様だな…ユースタス屋」
「ぁ…はっ……」
「フフ、…おれはそんなお前を抱くのが心地良い」

顎を捕らえられ酸素を求め開いていた口を塞がれヌメヌメと舌で口腔を探られた
強くなるばかりの雨音を聞きながら冷えた思考と火照る身体の不快さをやり過ごす。
トラファルガーの熱が腹に広がり熱源が去って行くまでの間、海の底にゆっくり落ちて行く様な気分でいた。



「当分雨は止まねェ」

凪いだ海のような雰囲気のトラファルガーが隣りに寝転び肘を立て頭を支えながらおれを見下ろした

「こんな日は、くだらねぇ事を喋っちまいたくなるもんだ」
「…誰も訊いちゃいねェよ」
「ふふ、そう言うな。まぁ…子守歌代わりにでも聞いとけ」

何処か満足そうな表情のトラファルガーから目を反らし喋り始める声を黙って聞いた


能力者ってのは海に嫌われるって言うだろう?海の中じゃ指一つ動かせなくなる、もがく間も無く全身の力が抜けて気が遠くなるってな
昔…悪魔の実を喰ってから初めて海に落ちた時だ。
身体に纏わりつく海水に飲まれるように下に落ちてった…何処も動かねぇし
多分意識も飛んでた筈だ。それでも、確かに一瞬だけ目が開いた。上も下も右も左も分からねぇとこでおれはただ浮いてたんだ


「その時思った…能力者ってのは、本当は海に愛されてんじゃねぇかってな」
「……」
「焦がれる余りに身体の自由を奪って懐に抱いてやろうだなんて凄い執着だと思わねぇか?」

問い掛ける素振りで話しながらもおれからの答えは期待していないようで
またゆっくりと言葉を紡いで行く

「おれは海を愛してる…あの一面に広がる真っ青な海底は忘れようがねぇんだ」

少しトーンの下がった声は穏やか過ぎて何故だかおれは不安になった

「でも全てを投げ出して溺れてやるわけにはいかねぇんだ…おれにはやるべき事も守らなきゃならねェもんも在る……けどなぁー…」

ハァ、と深い溜め息と共に急にふざけたような口調になるトラファルガーにガバッと抱き締められた。

「愛してんだよ…好きなもんには溺れてみてェじゃねーか」

おれの肩に顔を埋めて喋るトラファルガーの声はくぐもってわんわんと歪んで聞こえる
「さっき、背中を押してやると言ったが本当はお前を抱いて荒れる海に一緒に飛び込んでやりたかった」

ふつりと切れた言葉が雨の音を大きくする。ノイズのような雨音が聴覚を刺激して
全てが幻聴であったかのように思わせた





「止まなきゃいいなんて思うんじゃなかったな」

苦く笑うトラファルガーの視線の先にある窓からは晴れ間が覗いていた
シトシトと落ちる雨垂れは屋根から伝ってくるらしい
トラファルガーの声も、おれの中で渦巻いていたなにかも
この空のように晴れていた

「雨宿りの必要もねェ…おれは帰るぜ」
「フフ、連れないなユースタス屋」

脱ぎ散らかした服を拾えば仄かに濡れていて下の床板の色は湿り気を帯びて色が変っている


「全然乾いてない…これを着るのは気が引けるな」

トラファルガーがこれみよがしに笑い背に抱きついた
腕も一緒に抱き締められたおれは緩い拘束に身動ぎ一つ出来ずにいる

「どうだ、ユースタス屋…服が乾くまで」

少し溺れていかねェか



息苦しい浮遊感に包まれて
胸を焦がす思いをしたのは
溺れているからだと知った

溺れてやりたいんだと笑った男に好きにすればいいだろうと言って
おれも溺れてみたいのだと呟いた




いつか全てをやり遂げたら碧い海底を2人で歩こうと
唯一つ約束をした






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"少し切ないながらもハッピーエンド&甘いロキド"
と、言うことでリクエスト頂きましたが…これで拙宅なりのハッピーエンド&甘ってことにしておいてください。


一万打フリリク企画
'10-5.7UP
石榴様リクエストありがとうございました!





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