雪が深々と降積もり静寂に包まれた島だった。
歩く度に地に降り落ち溶けることもなくそこに在り続ける雪が小さく鳴く
音も無く落ちる白いそれが地を占めるそれと同じようにおれの身体をも覆って
おれを消すのか?クツリと白い吐息に笑いと呟きを混ぜ灰色の空を仰いだ




パチ、パチッ。煖炉で薪が爆ぜふと意識が浮上する。火に当てられ火照る頬と少しだけじんとかじかむ足先

「…どのくらい寝てた?」
「20分も寝てねェ…熟睡してた。死んでるかと思ったぜ」

ユースタス屋が掛けてくれたんだろう毛布から手を出し熱くなった右頬を擦りながら訊くとそう返ってくる言葉にそんなものかと思う。珍しくすっきりとした目覚めだが煖炉の火を見て目を細めるとまた瞼が重くなる気がする。

「寝ぼけてんのか?」
「…いや、完全に起きてる」

ぼうっとしているとユースタス屋の指がおれの下瞼を撫でるからくすぐったいと思いながらその指を絡めとる

「…夢を」
「あ?」
「夢を見てた…気がする。懐かしようなそうでないような微妙な感じだ。少し淋しかったような気もする」
「ふーん…」
「あぁ、でも不思議だった」
「なにが?」
「白熊が2足歩行で人の言葉を喋って…そいつが拳法使いで」
「…メルヘンなのかホラーなのかコメディーなのか解らねぇ」
「おれもそう思う」

ユースタス屋が怪訝そうに眉を寄せて理解しがたそうに唸るもんだからおかしくてクツリと喉の奥で笑った
…ついさっきもこんな笑い方をした気がして、だがさっきとはいつだったか。
寝ていて、起きてから今初めて笑ったのに…
パチ…ッ、パキッ
薪が爆ぜた。上がる火の粉が熱気に上昇し消える

「…トラファルガー?」
「…あぁ?」
「またぼーっとしてるぜ…火に当たり過ぎたんじゃねーのか?」

心配そうに顔を覗き込むユースタス屋の後頭部に手を添え引き寄せる
何か言いたそうな唇が音を出す前に自分の唇で塞いだ

トラファルガー、と、呼ぶ声はユースタス屋の声なのに知ったそれより幾分も低い声は耳の奥、頭の中から聞こえる気がする
くちゅ、くちゃ、と濡れた音がユースタス屋とおれの口内から漏れ出て交ざった唾液が糸を引く

「ユースタス屋」
「う、ん……?」
「ユース、タス屋ァ…」
「…、…?」

ユースタス屋の目が見開き表情が強張った。自分でさえ驚くような低く粘着質な声が喉から出たのだ。内心ではおれの表情さえも身体さえも強張って背中にひやりと何かが伝うと言うのに何故、こうも口角が上がるのだろう

ドサリ、ドサリ。
薪の爆ぜる音が五月蠅いくらいの静寂の中、屋根に積った雪だろうか。
そんな重みのある落下音がした

「ト、」
「深い、深い雪の中を歩いてた」
「トラファルガー?」
「雪は降るばかりで…あぁ、違う…ユースタス屋は、そんな声でおれのこと呼んじゃあくれねェ」

そんな表情だって、あいつはしてくれねぇんだ。
おれを見下ろすユースタス屋の目を掌で覆い塞ぐ
側で相変わらず薪が爆ぜて静寂を破ろうとしているのだろうか。
そんな訳はない。ハッキリしている思考に反して瞼が重く身体は泥のように溶けてしまいそうだ


夢の続きは果たして見れるのだろうか




おれの生まれ育った島は、とにかく雪しかねぇ白と灰色の世界だった。銀色に輝く時もあれば黒く全てを飲み込んじまいそうな時だってあった
おれは本で読んだ話に訊いた青く澄み渡る空と碧く煌めく海をみたいとずっと夢に見た
ある日気がつくと針葉樹の植わる雪道をザクザクと歩いているおれ。厚い闇色のロングコートを纏って馬鹿に長い刀を担いでぎゅっ、ぐぎゅと雪を鳴かせて進む
雪は止むことを知らないようで俺の残す足跡を片っ端から消しに掛かっているような気さえした
ただ、静かに雪は足跡を消す。その内におれまでも邪魔に思ったのだろうか
「…フフ、おれまでも消すのか」
闇色のコートを白色のそれが覆い払っても払っても少しずつゆっくりとまた浸食する
「闇まで食うお前らほど怖いもんはねェ…、ふっ、さて。ここらでいいだろう」
何度目かになる。ぱたぱたと頭や肩、腕の雪を払い落として今しがた歩いて来た方を見る
一面の白、うっすらと残る足跡
「おれは雪は嫌いだが…礼を言うよ」
人知れずぺこりと頭をさげた。そう、人は知らなくていいのさ…悪魔の、おれだけが知っていればいい

刀を抜きスパッ、と横に振る。カチリと鞘に納まる静かな音が呼び水になったのか
ズルリと不快な音が上がる
ズルリ、ズルリ、ズルズル…

「綺麗に飲み込んでくれ。覆い隠せ…」


静かにそれは滑り落ちて行く。暫く白銀に轟く音を聴いているとまた雪はおれに降積もる





ガツッ!
重く鈍い音が自分の頬を伝い脳へ届く

「…ィ…ってェ…な」

ぽかりと目を開くと目を焼く陽の光。それから聴覚を怒号が支配している

「起きたかァ?」

陽を遮り、たった今人を食ったかのような唇を赤く彩らせた男の顔が映る

「んん、ユースタス屋?」

んだぁ?随分みすぼらしい恰好してんなァ
そう言うと鼻で笑いテメェも同じだろうと言う

「なんかすげー寝てた気がするな」
「アァ、寝てたな…呑気に気なんか失ってんじゃねーよ」

気、失ってたのか…
そう言えばどんどん気を失う前の出来事が思い出された

「ユースタス屋ァ、助けてんじゃねーよ」

不意を突かれ何かしらの攻撃を受けた気がする。
嫌な縁もありユースタス屋んとこと共同戦線張ってたんだったな。
それが何故か酷く懐かしい気がする

「テメェが殺されようがどうだって構わねぇが…死んでねぇなら助けた方が得策だろうが」

そう言い額を流れ伝う血を乱雑に拭うユースタス屋の言葉に多少理解を持つ
戦力が足りないのが現状であるが故だ…

「おれ、どのくらい寝てた?」

口の中に溢れる血を吐き袖で拭いながら問う。つーか気絶してる人間を目一杯殴ったなコイツは

「2、3分じゃねーか?」

ユースタス屋は答えながら腰布を裂き額へと巻く。足元には左側のフレームが砕けたゴーグルが捨てられていた

「…そんなもんか」
「そんなもんじゃねーよ。十分長ぇ…どうかしたのか?」

確かに戦場で3分も寝てるなんてアホだ。だがそう言う意味じゃねーよ、と苦笑いをするとユースタス屋は怪訝そうに首を傾げ肩を見せろと傍らに膝をついた
痺れていると思ったがどうやら銃創が出来ているらしい。細く裂いた布で乱雑に止血の処置をするユースタス屋の横顔を見ながら咄々と話す

「長ぇ夢を見ててな」
「…テメェなに余裕こいてんだ」
「そう言うなよ。見たく見てたんじゃねェし、半分は悪夢だ」

ギリッと軋む布。割りと強く圧迫してくれているお陰で傷の痛みはそれほど感じられずにいる

「ザマァねぇ」
「フフ、本当にな…やれやれ。夢のユースタス屋も捨て難かったが」
「アァ?勝手におれを出してんじゃねーよ」
「ふ…おれは」
「あ?」
「…いや。よそう…とにかく此所を切り抜けないことには始まらねェな」

ぐるりと確かめるように腕を回して船員達を思う。無事でいるだろうか
いやきっと無事でいる筈だ心配はするだけ無駄だろう




「ユースタス屋」


くちゃりと音が鳴る。一瞬だけ怒号が彼方へ押しやられ訪れる静寂
そしてまた、怒号が押し寄せる

「生憎、浮気をする女神もいねぇもんで」
「…ハッ、言ってろよ」


鼻で笑うユースタス屋が濡れた唇をつり上げて笑う
悪魔が笑うならそれでいい


ああ、おれはどんなユースタス屋よりも
悪魔のように笑うお前が好きだ



夢を見た
嘘に塗れたおれの欲。それは美しくて幸せて心地がよかった
でも、愛したアイツを感じる事が出来なくて

夢を見る
おれが隠した足跡。それは醜くて汚くてそれでも居心地はよかった
忘れる事が出来なくて自虐することで正当化させてきた


踏み入れた戦線
悪夢のような日常におれは
生きているとも死んでいるとも言えず
これもまた、一つの御伽話だ


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夢中夢

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