『隣の学生』



昨夜の事だ。
仕事帰りに付き合っていた女からの連絡。電話口で甲高いヒステリックな声を上げてなにやら言っている
ここ最近は毎日のようにこれだ
対応し切れず電話を一方的に切り電源まで落とす
しかし自宅に帰り着けばドアの前で待ち伏せている女
深夜にも関わらずキーキー喚く女を尻目に、この階にある隣りの部屋のドアを見る。
空室で良かった


渋々、部屋に女を招いて数時間。
部屋に上入るとすぐ態度を変えた女は俺にしなだれ掛かってきたが、魅力もなにも感じない。
別れる、と上機嫌に喋る女に言い放ちタクシー代だと金を掴ませ追い払う。

去り際、女は勇ましくも俺の頬を叩き更に出て行ったドアをピンヒールの靴で蹴った
ガコン、と鈍い音と同時に痛いだの馬鹿だのと悪態を吐いていたがそれは直ぐに遠ざかった







あれから風呂に入ったり軽く飯を食ったり…気付けば早朝4時。
流石に眠くベッドへ突っ伏した
あぁ、そう言えばあいつが持ってきたリンゴは玄関に放置したままだった、か…



妙に騒がしいと、気がつけばカーテンを閉め忘れていた窓から燦々と陽の光が射し込んで冷たい室内を温めていた
騒がしいのはどうやら隣の部屋らしい。誰か越して来たのか、荷物を運び込んでいるようだ。
改めて昨日の内に越してこなくて良かったと心底そう思った








夕方が近くなり忘れていた携帯電話の電源を入れるとメールが何件も着ていてその殆どが昨夜別れを告げた女からだった。
溜め息を吐くのと同時にインターホンが鳴り、もしかして女が押しかけて来たのかとうんざりしながらそっとドアスコープから覗く
短髪の優男が立っていた。
訝しげに見ていると留守だと判断したのか優男が踵を返した時に鍵を開けドアを開けた

「あ、こんちわ」
「…誰だ」

女が仕返しのつもりで寄こした男だろうか。
いや、それにしては優男過ぎる…

「すみませんごめんなさい」
「…あぁ?」
「あ、いや…」

人の顔を見た瞬間に2回も謝る優男に更に眉間に皺が寄る
なんだこいつ…

「っと、隣りに今日越して来たトラファルガーです」

あぁ、なるほど。
拍子抜けするが、少々威圧的な態度をとってしまった自分に少し反省する。

「ご迷惑にならないよう気をつけますのでっ」
「はぁ…」

突き出されたそれを「 どうも 」なんて礼を言い受け取る
今時、律義に土産持って挨拶にくるなんてそういねぇよな…呆気に取られついつい礼を言うのにも素っ気なくなってしまった

「では」
「ちょっと待って」
「ぇ…は?」

少しだけバツが悪く感じて呼び止めた。
足元の箱に入ったリンゴを2つ取りトラファルガーと名乗った男に渡す

「あ…ありがとうゴザイマス」

ぎこちない礼に思わず笑ってしまった。

そう、これが昨日の事で
このトラファルガーという男とは今後、挨拶程度の付き合いになる。そう思っていたのだが











今日、そのトラファルガーが馬鹿で無能な奴だと言う事がわかった。


この1度切りを約束し別れた女と外で会い、関係の清算を付け早めの昼食を済ませて昼過ぎに戻って来たのだが。
階段を上がり4階の広いとは言えない廊下の幅が半分以上塞がれていた。
昨日越して来た優男…トラファルガーの荷物らしい。
現にその男は段ボール見て肩を落としていた。

「すみませんすぐ片付けますすみません」

俺の顔を見るなり2度謝ってデカい段ボールをふらつく足取りで部屋へ運んで行く様はなんとも頼りなさげだった

「バカ、お前…そこにそれ置くんじゃねーよ」

今時律義にも挨拶に来た奴だ…1度くらい面倒を見てやるべきなのかと俺も義理で手伝ってやる。
やっと終わり14時前。
トラファルガーと言う男は片付けが出来ない奴らしい

「重ね重ね…」
「もういい。それよりテメェ、虫でも涌してみやがれ…殺すからな」

隣室に出ればいくらこちらが綺麗にしていた所で出るものは出る。
俺は虫が苦手だったりするので、もしゴミでも溜めやがった時には男を本気で殺そうと思った










「…あの、腹減りません?」

聞けば昼過ぎに起きて飯も食わずに今に至るらしい。

「…お前、そんなんで大丈夫なのか?」
「…俺も自信なくなってきました」

へたりとベッドに座り込むトラファルガーの頭を見下ろし溜め息を吐く

「ベランダの窓開けて待ってろ」
「?」

世話の掛かる奴だが俺は此所まで世話をしてやる義理はない、はずなのに…舌打ちを残して自分の部屋へ戻ると簡単にナポリタンを作る。具などを入れ結構な量になったそれを皿に盛り迷ったがフォークも持ってベランダへ行き声を掛けた


「…え」
「嫌いか?」
「や…嫌いじゃない、です」

顔を出したトラファルガーに皿を突き出すと驚いたように目を見開いていた
同時に喉が動きおずおずと言った様子で手が伸び皿を受け取っていった

「どうも…」

いただきます、と小さな呟きが聞こえて来てなんだか擽ったくなったが相手が男なものだからなんとも複雑だ。それが苦笑となって出て行く。



「…お前、18?」
「です。大学行くんで出て来たんですけど…なんか、挫けそう…」

なんとなく間が持たない気がして問い掛けると答えは直ぐに返ってきた。
早くも一人暮らしに音を上げそうな男に呆れていると、遠慮がちに質問をされる

「俺も訊いていいですか?歳とか…」

どうせ聞かれると思ってた。
別に隠す必要もないし勿体をつける意味も無いので素直に答えた

「23」
「社会人?」
「まぁな」



「…一人暮らし?」
「そうだ」
「自炊します?」
「一応」
「あのリンゴは」
「貰い物」
「趣味は」
「…特に」
「彼女は?」
「…おい、なんかおかしくねぇか」
「いや、テンポいいなって」

答えて行く内にどんどん男の口調が崩れて変な親しみが沸いた。
多分、あの時…挨拶に来た時に留守だと判断した後の気怠げな顔つき、昼間に荷物を陰鬱げに見ていた少し丸まった背中
そして今、生意気そうな口調に物憂げな表情
それがコイツの地なんだろう


「お前、それが素か?」
「あ…」

なんとなしに問うとバツの悪そうな視線が宙に向いた。
無駄なキャラを作っていたらしい。

「皿」
「あ、洗って返…返します」
「割らねぇか?」
「バカにす…」
「そもそも洗えるのか?」
「…ごちそうさまでした」
「最初からそうしとけ」

残すかと思っていたが綺麗に食べ終わった皿を受け取りながら、敬語を使う事を止めたらしい相手に笑みが漏れた

「タメ口でいいぜ」
「…」
「そのダルそうにしてるのも素なんだろ?俺は堅っ苦しいのは好きじゃねぇからそのままでいい」

思ったままを口にしてトラファルガーを見ると苦く笑ってからへらりと顔を崩した
バカっぽい顔だ。

「…飯、美味かったよ」
「そうか」


「ありがとうユースタス屋」








挨拶程度の付き合い、だけの筈だったんだがな…
まぁ、これ以上かかわることも





「ところでユースタス屋」
「ああ?」
「俺はこの町がまだわからない」
「…だから?」
「今から暇か?」
「用はねぇけど…」
「なら、案内しろ」
「いきなり態度でけぇなオイ…いいけどよ」






まだまだありそうだな



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