「ユース、タス…屋…?」
「…トラファルガー…っ」


高校の時、その時間を生きて楽しむ為に
くだらない馬鹿をして
腹一杯笑って
一生懸命恋をした
…つもりでいた。それはもう遠くに置いて来た思い出だった


俺が、本気で好きで愛した奴は俺と同じ男だった。
そいつと過ごした2年と少し、その時間は空間はどれもキラキラと輝いていたと思う。
照れながらキスをしたのもおっかなびっくりでようやくセックスをしたのも
今の今まで、蓋を締めて必死の想いで忘れていたのに。



目の前には記憶の中の彼と変わらない鮮やかな赤。
生意気そうな目元も相変わらずだった

「久し振りだ…」

名前を呼び合ったところでお互い黙り込んでしまった。
微妙な空気が流れるが過去の事を考えればこの出会いを手放しに喜び合うなんてまず出来なかった。
だから当たり障りのない言葉をかけて体裁を保つ

「…あぁ…」

短く返ってくる返事に苦笑いをして昔と変わらない素っ気なさも不都合があると中々俺の目を見て話さないのも
それを今でも愛しいと俺は思ってしまった…







あの日、街で偶然出会ってから数日経つ。
連絡先を訊けば少しだけ迷った後に住所と携帯の番号を教えてくれた。
携帯の番号は高校の時と変わっていて、わかっていた知っていたことなのに少し悲しくなった。

今度飲みに誘いたいと申し出ると曖昧な返事をされる。
昔の俺なら無理にでも約束させたのに…なんて自嘲した
俺はいつから常識に左右されるようになったのだろうか。

1人きりの部屋でソファに座りながら水割りの酒を一口含む。
2か月程前にこのマンションへ越して来た。
24の時に見合いで同い年の女と結婚し、何とか8年ないし連れ添ったが最後2年間は別居状態、挙げ句に相手は父親の見当もつかないようなガキを孕んだ。
勿論別居中にセックスなんてしてねぇから俺の子ではない…離婚の話はトントンと進み、この方精算がついたのだ
いつも終りは呆気ない


そう言えばユースタス…ユースタス屋との終りも呆気なかった。
卒業間際に一方的に別れを告げられ、勿論俺も食い下がったが
若気の美意識なんて歪んでいる…ユースタス屋に別れたくないと縋り付く自分をいつしか客観的に見ていて、それがとても恰好悪いと自分を冷かした。

「わかった。もういい…別れるよ」
それが、最後に交わした言葉だった


「来てくれて良かった」

数日の後に言葉通り飲みに誘った。
ほんの少しだけ約束の時間から遅れてきたユースタス屋に軽く挨拶をして座るように促しビールでカンパイをする
少し気まずいまま時が流れ、ユースタス屋が煙草に火を付けようとするもどうにも火の付きが悪いらしい
向かい側から手を伸ばし自分のライターの火を灯した

「…サンキュ」
「いや…」
「…まだ、使ってんだな」

ソレ、と目配せされ手に握るライターを見る
深い青色が鈍く光る細身のこれはユースタス屋からのプレゼントだった

「気に入ってるんだ…これじゃないと落ち着かねぇんだよ」
「火が付きさえすればどれも同じだろ」
「フフ、相変わらず情緒がねェ」

そう言って俺も煙草に火を付けた。
胸に深く吸い込み吐き出すと溜め息が汚れた白い煙りになる。

「…変わらねぇな、お前」
「テメェは変った…」

ゆらゆらと上る紫煙と途切れながら続く会話。
共通の話題を探すのに苦労しながらなんとか会話をしてぎこちなく笑い合った

「…家で飲まねぇか?」

いつの間にか2時間近く経っていてゆっくり飲み進めた酒は張っていた気を幾分か和らげていた
問い掛けにユースタス屋はどう断ろうかと考えあぐねていたが俺は「行こう」と先に席を立つ
反射的に後ろを付いて来るユースタス屋に近くだからさ、なんて言葉をかけ逃げ道を塞いだ。

「良いのか?…その…」
「気にするなよ。誰もいねぇんだ…入ってくれ」

軽く背に手を添え促して家の中へ入る。きっとユースタス屋は俺が結婚した事を知ってる…だから気を使ってるんだろう。

「…誰も…?お前、」
「ああ。…ソファにでも座れよ。酒はなんでもいいよな」

ユースタス屋の喋り出すタイミングなんて、手にとるようにわかる
あの頃もこうやって言いくるめて都合の悪いことは流してきたんだったな…その代わり、後で無言の鉄槌をもらったものだ。
テーブルに酒とつまみと灰皿を置いてL字に配置してあるソファにユースタス屋から少し離れて座る

「…別れたんだよ」

互いに酒を一口飲み腰を落ち着けたところで口を開く。

「離婚した…2ヵ月くらい前にな。で、ここに越して来た…まぁ、離婚する前は別居もしてたし今は気楽なもんだ」
「……そ。」
「うん。…他に、何が聞きてぇ?」

煙草に火を付けユースタス屋の居ない方へと煙を吐く
チラリと見れば俯き居心地の悪そうな赤

「…別に、ねぇ」
「そうか…じゃ、今度は俺に訊かせてくれよ。ユースタス屋は連れ、いねぇの?」
「…、…」

こう言った質問を投げ掛けるとユースタス屋から直ぐに答えは返ってない。
いつも言葉を探して探して迷って漸く話始めるのだ
急かすこともなく懐かしい間を楽しみながら待つ

「居ねェ…」
「…」
「女も…男、も……知らねェってことはねーんだろ」
「…全部鵜呑みにしてたわけじゃないけどな」

『ユースタスさ、お前と別れてから女も男も節操なく、って話らしいぜ』

それが、大学に進学して初めて聞いたユースタス屋の噂で、俺が結婚する少し前まで今度は女、次は男…そう言うのは絶えなかった。

「そう言や、結婚してからは聞かなかったな…アイツらが気ぃ使ったのかはどうか知らねぇけど」
「…」
「…これさ」
「あ?」
「ライター。ずっと使ってたなんて、嘘だよ」

本当はずっと仕舞い込んでいた。それでも未練がましく大学の頃まで使ってたし…ユースタス屋の噂が酷くなるに連れて使うのも止めてしまったが。

「街で会っただろ?あの日に懐かしくなって引っ張りだした」
「…そう、かよ…」
「なぁ、お前…いつから煙草吸ってんだ?」

付き合ってた頃は嫌いっつってたくせに
俺に煙草止めろって言ってた癖に

「…いつだっていいだろ」

そう言って俺のライターを取り火を付けるその煙草の銘柄が

「フフ、気が合うなユースタス屋」

自分の煙草の箱軽く振りながら見せつける
俺と同じ煙草吸ってるなんて、勘ぐってくれって言ってるようなもんだ

「っ!…帰…?!」
「俺が素直にそれを許すと思うか?」
「トラファ…ッ」
「俺、なんも変わってねぇよ…」

革張りのソファに膝で乗り上げればギシリと軋み
背凭れに手を突き迫るとユースタス屋は後退りし逃げる

「…それ以上下ると落ちるぜ?」
「っ!…退けっテメェが…」
「俺が?近付くのが悪いか?」
「トラファルガーっ」
「…嫌なら、殴ればいいだろ?突き飛ばせよ…なんでしないんだ?」
「…帰る…退けっ…」
「退けるわけねぇだろ…」

顔を近付け頬に唇を触れさせれば強張るユースタス屋。
そっと胸元に触れ目を合わすと今にも泣きそうだ

「お前が悪い…ユースタス屋…」
「…俺は…」
「簡単だろ?殴って走って玄関から出て行けばいい…」
「ふ…っ…」
「俺に会いたくなきゃ、その髪を黒にでもなんにでもして、煙草を無理に吸う事も止めっちまえばいいんだぜ?」
「るせぇ…」
「女でも男でも好きな奴見つけてさっさと…」
「うるせぇ!黙れっ…テメェに…っ…おれ、の…」
「ああ、解らねぇ…お前に別れてくれって言われた時から解らねぇよ。解る筈ねぇだろ…!」

ユースタス屋が泣くどころではなく自身の頬に伝って落ちる水がユースタス屋の服に落ちて染みを作ってる
俺が似合う、好きだと褒めた髪が変わらずに赤くて
俺が吸っていた銘柄の煙草を吸って
それでいるお前は、俺の事を嫌いなわけじゃないんだろう?

「好きだ…ユースタス…ユースタス、…キッド…」







1度言葉に出したら全てが止まらなくなって何度も好きだと子供の我儘のように繰り返し、キスをして抱き締めた。その内ユースタス屋は抵抗どころか強張りすらも解いて小さく、俺の名前を呟いた


「っは…、あ…」
「大分ほぐれたな」
「ふ、っ…は、ぁ…い、うな…」
「ふふ…なぁ、どうする?」
「はぁ…あ…?」
「止めてもいいんだぜ?その代わり、髪の色も煙草も変えてもらうけどな」
「……」
「じゃねーと、」
「…変えねェ…変えたく、ねェ…」

震える声が何度も同じ言葉を繰り返し縋るような目で見つめられる
ソファに散る赤を梳くと閉じた瞳から雫が落ちた

「あーっ…ぅ、…んん!」
「息、詰めんな…吐け」
「ンッ…ん…あ、ぁ!…ィ、っ…ぁっ!」

互いに久し振りのセックスは初めての時よりももどかしく気が逸っていた
ユースタス屋のは痛さに萎えるし、俺もキツい圧迫に涙が滲んだ

「は…ぁ…クソッ…へた、くそが…」
「くっ、…るせ…」

とにかく全部挿れた時には息は上がりきっていて汗が流れ落ちる
額に張り付いた髪を払ってやるとギュッと眉間にシワが寄っていた

「ワリィ…痛ぇな?」
「っ…い、から…も、動け…」

爪をたてて抱き付くユースタス屋の鼻先にキスしゆっくり腰を引くとまるで縋りつくように締め付けられた
俺の肩に顔を埋めて声を殺すユースタス屋の背を撫でながら身体を揺り動かす

「んっ、ん、ひ…あっ…」
「キッ、ド…」
「っ…あ!いっ…あぁっ、やっ!…ロー…ッ」







気がつけば床に2人で転がって、ユースタス屋は疲労しきって熟睡していた
大学に入ってからも身長が伸びた俺と違ってユースタス屋はそのままだった。十数年前の記憶より少し痩せた身体が更に愛しくて俺はあの頃一生懸命していたはずの恋は、今もずっと続いていたんだと密かに笑った


「煙草、止められねぇんならいいけど…無理してんなら止めろよ」
「…」

あれから起き抜けのユースタス屋に痛い愛の鉄槌をもらって、俺はそれをキスで返すと真っ赤になったユースタス屋はさっさと着替えて玄関へ走って行った
追いかけて軽く引き止めるとドアノブを掴んだまま足を止めていた

「もうさ、あんとき別れた理由なんて訊かねぇ…髪も煙草も、他にも…お前がそのままでいるって事を俺は都合良く受け止める」
「…都合、良く?う、わ…ちょっ」

グッと身を寄せて間を詰めるとユースタス屋は後退りするもドアに阻まれる

「昼前に迎えに行く。それまでに必要な荷物纏めとけよ」
「はぁ?」
「一緒に暮らそうぜ。じゃねーと俺がお前のとこにいくけど?」
「お前…」
「お前相手にさ、引いたって得しねぇんだよ…15年間の埋め合わせはきっちりしてもらうぜ、ユースタス屋」

ドアに背を預けるユースタス屋にキスをすると頭を引くもんだから強かに頭を打ちつけて、俺は舌を噛まれた

「いって…」
「ッ!…ユース、タス…ッ」
「あ、ワリィ…」




ガキの頃みたいに馬鹿も大笑いすることもねぇけど



あの時以上の恋愛に俺達は一生懸命になっていた






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