膨らんだ胸を掴んでみた。柔らかく指が沈む先にまだ芯の残る少女の胸だ。
思春期の身体は丸みを帯びたそれなりの肉付きとしなやかさ。
自分の身体なのだ…これが。
シャワーの流れる音を聞きながら鏡に映る自身の身体を見つめる。
女の身体に今となっては不満はない。仕方ないと割り切れてきた…それなのに。
湧き上がるのは焦燥感だ。
おれは…一瞬でもこの身体なら…と。戸惑い以上に嬉しさを持ってしまったから。

あいつが、触れてこない―――。




神様の悪戯?




膝上のスカートの裾が揺れるのも気にも止めなくなったキッドは学生鞄を肩にかけて、その背を丸めて俯き気味に歩いていた。
以前よりは低くなったとはいえ女子の中では背は高い方であるが、縮こまったその背は姿勢が悪い感じではなく、寒さを耐えるような哀愁の漂う背中であった。
その見知った細い肩が丸まり落ちているのを、見逃せない男がいた。

「ユースタス」

声をかけて横へ並んだのはペンギンだった。キッドの姿を見つけて足早に歩み寄って来たらしい。
気にかけるような優しい呼びかけに足の止まったキッドは、俯けていた頭を起こしてペンギンを見上げた。
そして視線だけで辺りを確認する。会いたいような、会いたくないような…つい探してしまうあの姿は見えなかった。
ペンギンは おはよう と挨拶を述べ、キッドも同じ挨拶を返すとペンギンは曖昧に笑ってから「ちょっと話そう」とキッドを誘った。
思い当たる話題だろうかと見当がつき、明るくない表情のキッドは頷いて引きずるように足を踏み出した。


登校し各々の教室へと向かう生徒の流れから外れこの時間は人気のない別棟への階段の踊り場に足を向けた。
朝の陽の光も届かない少し薄暗くリノリウムの廊下や階段が冷えを感じさせる。
キッドは冷たい階段に腰を下ろし、手すりの棒柵に寄り掛かった。

「喧嘩してるんじゃないんだよな?」
「…と、思う」

ペンギンの唐突とも取れる問いかけだが、キッドにはすぐにわかった。
自分と、トラファルガーのことについてのことだろうと。

ペンギンはキッドの身体の変化が起こる前からの友人である。
依然と変わりなく接してくれるキッドにとってはありがたい友人の一人だ。
そして、一連のことを知っていた。

キッドに身体の変化が起こる前はれっきとした男だったのだ。
体格も恵まれた、長身のどこからどう見ても立派な青少年だったがなんの因果か体が女性のそれへと変化した。
紆余曲折、今は仕方なく女子としての生活を余儀なくされている。
そんな変化が起こる前からキッドには恋人がいた。それがトラファルガー・ローであり、男だった。
恋人となって暫くして、キッドの身体が変化してしまい戸惑いも大きかった。
それはキッド本人も、恋人のローもである。

「最初は、割とフツーだったんだけどな…」
「ユースタス…」
「女じゃ、ダメなんじゃねェかって…思っちまって」

寄り掛かった柵の錆びてささくれ立った支柱を握りしめながらキッドはため息を交えた声を震わせる。
キッドの焦燥感は苛立ちをも増幅させた。女の身体だからだろうか?妙に泣きたくなり女々しくも「でも、だから、なんで、どうして」が口を吐く。

「この身体になってから…手を繋いだこともねェんだ。まともに目も見てない。テメェや、ボニーの前じゃいつもみてぇにふざけるくせにっ…おれ、と2人…いる時は喋らねぇし、見も、しな…っ…、…」
「ローだって戸惑ってるんだろう?接し方がわからないんじゃないのか?ユースタスに悪いと思って女扱いしないようにとか…いろいろ気遣ってるんだ、きっと」

ペンギンの暖かい掌がキッドの頭に乗りそっと撫でる仕草をする。
キッドは膝に顔を埋めてしまい スンと鼻をすすった。

「おれはさ…こんなだから、優しくないんだろうって自分では思うんだ」
「…?」
「今のユースタスは女の子なんだからって、おれはユースタスの気持ちなんか知らないで女の子扱いしてる」

キッドの前に膝をついたペンギンは撫でていた手で頭を引き寄せて胸に抱きよせた。キッドはとっさに身を引くがペンギンの腕の力の方が強かった。

「おれは元が男だったユースタスが女の子になっても全く気にしないよ。気の強い女の子はタイプだし…もし、ローと付き合ってなかったらおれ、ユースタスに告白してたかもしれない」
「っペンギン…?!」
「でも、男のままのユースタスはやっぱ友達以上には見えないだろうなぁって思う。現金なんだよ…即物的って言うのかな?据膳……今のユースタスなんか特に、ちょっと優しくしたら釣れてくれそうだろ?」
「―ッ触んな!!」

ドンッ、とペンギンの身体が突き飛ばされた。
腹部を左足で、両腕で胸元を渾身の力を込めてキッドはペンギンを突き飛ばしていたのだ。

「イッ…たたた……け、蹴られるのは予想外だった」
「それ以上近寄るなよ!」
「寄らない寄らない…冗談だから、半分」
「!?」

腹部を蹴られたのが効いたのか、ペンギンは腹を抱えながら一歩キッドから距離を置いた。
警戒心剥き出しのキッドを見ると、ペンギンは余計にちょっかいを掛けたくなる自分に気が付いた。そして、目の前のこの子は本当にか弱い女の子なんだと思うと、ローの気持ちもわかるような気がする。
幾ら勝気で強気な目をしていても、男1人覆いかぶさるだけでどうとでも出来てしまうのだ。

「ローも男だからさ。好きな子相手に手を出したいのは山々だと思うよ」
「…けど」
「ユースタスのこと、ユースタス本人よりローの方が何倍も大事に思ってるはずだ。傷つけたくないって。ローはあんなんでも、いつもユースタスが1番だし、嫌がることはしなかっただろ?」
「………ん…」
「ローが向かい合ってくれないならさ、ユースタスから行ってもいいんじゃないか?」
「…そう、だな…。そうする。…ペンギン」
「うん?」
「サンキュ…。それと、ごめん」
「いまの顔すっごく女の子らしいぜ、ユースタス」
「うっせぇ」

頬を膨らませ、すくりと立ち上がるとキッドは階段を駆け下りていく。
ひらひらと踊るスカートの裾を見ながらペンギンは溜息を零した。脇を通り過ぎて行く時に靡いた赤い髪を見て過った下心を呟いてみる。

「おでこにちゅーくらい、したらよかったかなァ…」

こう言う役回りなおれは報われない奴なんだろうなと、未だ鈍痛の残る腹を擦りペンギンは肩を竦めた。


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -