欠落した記憶を取り戻したいと思うおれは小さい人間なのか。しかしいくら頭を捻っても思い出せやしなかった
自傷した指はドロドロに膿み仕方なく病院へ行くと裂傷を更に切開され膿みを洗い流されて4針の縫合を受けた
そんなおれはつくづくバカなんだろう







その朝は絶句するしかなかった。キラー屋に聞かされた事に今更胸が高鳴ってじわりと汗が滲む。
おれは、酔った勢いでユースタス屋にキスをしたらしい。
残念な事にそのことをまったく覚えてはなくて、ただ二日酔いで痛む頭とユースタス屋に殴られたらしい頬の痛みしか残っていなかった

「…怒ってるか?ユースタス屋」
「さぁ、どうだろうな…おれがちょっかい出した時は脛を蹴られたが」
「余計な発破かけてんじゃねェよキラー屋…」

簀巻きにされてた毛布から抜け出るとユースタス屋が風呂から上がったらしく扉を開け閉めする音が聞こえた
もしかしたらまた殴られるかもしれない、気持ち悪ィと嫌悪されるかもしれない
口さえ聞いて貰えねぇかも、と後ろ向きになるが逃げる訳には行かない。
好きだと、そう伝えてもいないのに自分が覚えてもいない過ちのせいでユースタス屋に嫌われる事だけは避けたかった
どうにか繕いたくて痛む頭で考えているとユースタス屋と目が合った

「……おはよ、ございます…」
「はよ」

目一杯間を開けて普通に挨拶しか出て来なかったが、見た目にはいつも通りのユースタス屋が普通に挨拶を返してくれた
そしておれの右頬を見てから直ぐに目を反らし黙々と料理を始める

「…悪ィ、ユースタス屋…」

ユースタス屋と入れ違いでキラー屋が洗面所使ってる間、顔色を伺いながらユースタス屋の横に並び昨夜の事を謝った
まったく自分のした行動を覚えていないと言う事も含めて謝ると微かに眉間に皺を寄せたように見えたが直ぐに普段通りになる

「テメェ本当は酒、飲めねェんじゃねーのか」
「…その通りだ…。ビール飲んだの昨夜が初めてだし」

正直に白状するとユースタス屋の重く深い溜め息が聞こえて目茶苦茶呆れられてることが分かった

「無理に付き合うことはねぇんだ…飲めねェならそう言え」
「…、」
「飲めねェからってなァ…、別に追返したりはしねぇし。拗ねたり酔われたりする方がよっぽど迷惑だ」

ガキ臭いおれの行動に呆れながらも気持ちは汲んでくれたらしいユースタス屋が譲歩の言葉をくれる
分かったか、と念を押されおれはもう一度謝り頷いた

「顔洗って来い、飯食うぞ……あんま、鏡は見るなよ」

罰の悪そうな言葉が付け足されおれは痛む頬を引きつらせた

味噌汁は美味かったし、頭が痛んで食欲もねぇと思っていたが出された朝食は苦もなく食べ切った。
形容しがたい色をしている頬は痛かったが我慢出来なくはない。…鏡を見て形容しがたい色をしているのを見た時には流石にびびったけど



朝飯を食べさせてもらってから自分の家へ戻ると何故か一気に頭も頬も指も酷く痛んだ。
全て自分の幼稚さが招いた痛みが疎ましくて仕方がない。
痛みばかりが支配する中であの夜、触れ合った唇の感触を思いだそうとしても無理だった。

あの、形が良くたまにニィ、と片側をつり上げ笑う唇はどんな柔らかさだったのか
もう一度、とは言わずに何度でも触れてみたい

おれは虚しさとユースタス屋への申し訳なさを感じながらも想う度に膨らむ自身を慰める
好きで愛しくて仕方ないあまりに、と少しだけ言い訳を添えながら






翌々日になり、頬の痛みはまだ消えていないがユースタス屋にキスをしたと言う紛れも無い勲章、そう思えば辛くは無かった。
頬は、辛くは無いがどうしても辛いところがあった
自分で切り裂いた指がとんでもなく熱を持って底の方からジクジクと痛む。まるで虫でも湧いてるんじゃないかと思うほどに。
昨日から痛痒い気がしていたのを気にしない振りをしていたが、もうどうも無視できないようなことになってる気がする…
意を決し、テーピングを剥いで指を見ると脳裏にユースタス屋の意地悪な表情が浮かび、幻聴まで聞こえた
『腐って指が落ちても俺の知った事じゃねーよ』…と


病院に駆け込み医者に指を見せると明るく「切開して膿をだしましょう」と言われた。
麻酔の注射の方が痛いですから云々、淡々と話す医者は気後れするおれにかまわずその場で看護師にメスを用意させ化膿して腫れた傷口を麻酔なしでサクサク切って真水をかけ洗いながら血と膿を搾り出し、サクサクと4針縫って包帯に包み満足そうにおれに笑顔を向け
「2週間後に抜糸しましょう」と「安静にしてお大事に!」の言葉とともに診察室から送り出した。
…痛む指を押さえ常備してある数週間分のジャ●プを読破したあの長い待ち時間はなんだったのかと思う程の処置時間だった。

会計で再び待たされ、漸く病院を出るとそのままぶらぶらとほっつき歩いてみた
桜がところどころ咲いていて既に花が散っているのもある
花見に誘ったら付いてきてくれるだろうか
断られるだろうか
キスさえしてなければ多分気軽いに誘ったのに、と覚えてもいないあの夜を後悔した

酔っ払いのおふざけ程度としか思われていないだろうけど、おれはどうしても意識してしまう
ユースタス屋におれにキスされてどうだった?なんて聞ける程馬鹿にはなりきれなくて



ザァアと春風に桜の花びらが舞い落ちる
そう言えば、大学の入学式はいつだっただろうか




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長い春休みが終わるよトラファルガー

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