AFTER STORY

 3年後


「あー、もう…動くなってば」
「動いてねェよ…」
「んー。…OK. どうだ?」
「ふぅん、腕上げたなァ。完璧」
「ワンコイン頂ます」
「おい…恋人から金取る気か?」

浴室内。風呂の椅子に腰かけるローと、その向かい側で膝立ちをしているキッドがいた。
キッドの手には先の細い特殊な挟みが握られている。因みに2人とも裸であるが、今さら裸を晒すのが恥ずかしいような付き合いでもないので気にしていない。
ローは鏡で暫く自分の顔を眺めてから、シャワーのお湯で顔を流した。キッドはティッシュをくるくると丸め用意していたビニール袋に入れ、袋の口を縛る。
いったい何をしていたかというと。

「序でに頭洗ってくれよ」
「なんの序でだよ…本当に金貰うぞ」
「おれも洗ってやるから」

唇を尖らせて不満そうにするキッドだが、それは形だけである。掌でシャンプーを馴染ませると優しく、手慣れた手つきで頭皮をマッサージしながら洗う。
キッドは高校卒業後、総合美容の学べる専門学校へと進学した。奇特な運命に見舞われたが、そのおかげ…とは言い難いが、キッドはネイルやヘアー、メイクといった物に興味を持ち道を目指したのだ。専門学校も卒業した今は就職しているがそこでも目下勉強の毎日である。
それ故に、専門学校に通っているころからローはキッドの練習台となっていた。毛先を切ったりといった程度ではあるが。キッドに技術が身に着いた今、ローは自分専用のスタイリストのようにキッドを重宝している。
例えば、さっきしてもらっていたようにヒゲを整えてもらえたりするのはありがたかった。洗髪なども上手いので一緒に風呂に入ればつい頼みたくなるのである。
因みにローは大学へ進学している。互いに1人で暮らしていたが、キッドの就職先がロー住んでいる場所から近かったのもあり春先から一緒に住むようになった。

「痒いところは?」
「とくにない」
「っそ」
「明日、何時に出るんだった?」
「8時」
「8時?そんなに早くか…?式は14時とかだったろ」
「おれは、8時に行くの!ボニーの髪とか化粧とか頼まれたんだよ」
「ああ…じゃあ、家を出るのは別か…」
「一緒に行くか?」
「どこで暇潰せって言うんだ…」
「シャチでもからかえよ」
「んん、それも面白そうだが…そんなことのために早起きは出来ねェな」
「薄情…。目ェ閉じろよ、髪流すから」

キッドは丁寧に泡を流しながら、明日に思いを馳せた。明日は、キッドの幼馴染であるボニーと、ローの悪友であるシャチの結婚式である。
ボニーとシャチも高校の頃から付き合っていて、なんだかんだ言いながら仲は良かった。こうして結婚も決めるほどに。なにより、もうすぐ1歳になる子供までいるのだから幸せなのだろう。

「それでか…」
「なにが?」
「このあいだから、やけに一生懸命ネイルチップ作ってたから」
「…そ、ボニーの奴にさ…どんなのが似合うかって」
「自信作、できたんだろう?」
「…気に入ってもらえるかわかんねェけどな」
「ジュエリー屋なら気に入る。絶対にな」
「もう、ジュエリーじゃねぇけどな」

ローの自信ありげな表情に、キッドも大きく頷いた。




「ロー!」
「あぁ…綺麗だな、びっくりした」
「お前…それはボニーに言うセリフだろうが」

式当日。時間より余裕をもってきたローは先に来ていたキッドと合流した。朝家を出ていくときは普段通りの格好だったが、流石に式にはその格好でとはいかないのでボニーの用意ができた後、キッドはパーティー用のドレスに着替えていた。髪も化粧も場所を借りてやったらしく控えめではあるが華やかだ。
式が始まり、シャチの方は始まる前にからかい倒したそうだが、ローはボニーの姿をこのとき初めて見た。

「花嫁衣裳ってのは、本性まで上手く隠すもんなんだな…黙ってるから綺麗に見える」
「お前…ぜっったい、ボニーの前でそれ言えよな」

ローのつぶやきを聞き咎め、キッドはひじ打ちをしながらしかめっ面をする。こんな時にまで素直に褒めないで、と思うがこれがローなのだ。
厳かな誓いの儀式も終わり、祝福を受け花嫁花婿が笑っている。

「キッドーーー!」
「え…」

ブーケトスの合図も無しに放られたブーケが放物線を描きキッドの元に飛んでくる。反射的に両手で受け止め、ボニーの方を見た。

「お前!なに急なこと…」
「次!アンタだぞ!」
「な…っ、何言って…!」
「ちゃんと式するんだからなー!」

花嫁衣裳すがたのボニーがぶんぶんと手を振り、大きな声で勝手に宣言をする。花婿のシャチも一緒になってローに向かい手を振り、思いつく限りのことを叫んでいた。

「ほら見ろ、黙ってなきゃアイツらあんなもんだぞ」
「〜〜んっとに、変わってねぇなアイツら!!」

披露宴など特に型に嵌らず、衣裳を替えた花嫁花婿を交え立食パーティーとなった。友人知人らで盛り上がり賑やかだ。

「シャチに似てんな…」
「女の子だぞ。意地悪すんなよな」
「あの2人の子だから、将来有望だな」
「はぁ?」
「やかましい子になるぞ」
「…否定しきれねぇから困る…」

式に勿論参加していた、今日の主役の大切な宝である。キッドの腕に抱かれ騒がしいパーティーの様子をきょろきょろと眺めていた。

「…キッド」
「んー?」
「ブーケ受け取っちまったな」
「…いやぁ、あれは半分投げつけられたっつーか…」
「結婚しよう」
「……、え…と」
「まだ、待たせちまうけど…おれが卒業したら。結婚してくれ」
「…うん。…する。つーか…お前、言ったじゃん…もらってやるって」
「あの時返事しなかっただろ?」
「屁理屈…」
「フフ…」
「子供…産みたいな」
「ああ。今すぐってわけにはいかねェが…おれは何人だっていいぞ」
「稼げよな」
「嫁に苦労掛けない程度には頑張るさ」

キッドは赤ん坊を抱き直し、チークの所為だけではなく頬を赤く染めてローを見上げた。
人の目を盗み2人は唇を重ね、もう1度見つめ合う。
遠いようで、近い未来がすぐそこにあった。



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更にその後、でございました。
お付き合いありがとうございました!

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