ずっと一緒だった。そう、それはもう生まれた時から。兄弟みたいにして育てられた。泥に塗れて、一緒に風呂に入って、一緒の布団に寝かされて…そんな写真もたくさん残ってる。
けど、いつからだったかお前はアタシと距離を置くようになったな。
いくら男勝りにしてたって、アタシは女子で、お前は男子だ。でも何かが大きく変わったことなんてなくて、区別って溝がただただ深まった。
アタシの胸が膨らんで、お前の背はどんどん大きくなって、声も変わって…随分男らしくなった。
小さい頃はアタシの方が背がでかかった頃だってあるのに。
歯がゆかったけど、姉弟みたいだって親にはさんざん言われたけどお前に「女なんだから」って言われんの、嫌いじゃなかったんだ。

アタシの扱いに困るお前が、アタシは―――…




悪魔の悪戯?





「なぁキッド、今日家に来いよ」
「…?…いいぜ」

HR後、ボニーはキッドの教室へ赴きそう誘った。放課後に買い物や遊びに出るのは毎度のことだったが、家に誘うことは然程ない。
ボニーがキッドを家に招くのは、中学の頃…家族ぐるみの付き合いで年に数度程度で、ボニーやキッドの意思で家を行き来していたのはもう随分と昔のような気がする。
キッドは高校に上がると同時に一人暮らしを始めているので、キッドの家族とは付き合いがあってもボニーはキッドと顔を合わせるのは学校だけであった。
いつからか感じていた幼馴染の距離は、歳を重ねる度に開くような気がしていた。

「なんか…久しぶりだな。お前ンとこ」
「キッドの父ちゃんや母ちゃんは相変わらず来るんだけどな」
「お前んとこもおれン家に来んだろ、どうせ」

懐かしみながらボニーの自宅へ上がる。共働きの両親はまだ帰っておらず誰もいない。ボニーは自室へとキッドを連れて行った。

「……」
「その辺座れよ。飲み物持ってくるから」
「ん…ああ」

ボニーが出て行った部屋をキッドはぐるりと見渡した。記憶にあるボニーの部屋は親が誂えたであろう子供部屋の調度品ばかりだったが、それはすっかり変わっていた。カーテンもテーブルもラグマットもすっかりボニーの趣味で飾られている。
女の部屋をそれ程見たことはないとは言え、キッドには十分に女らしい部屋に見えた。

「コーヒーでいいよな?」
「あ、ああ…サンキュ」
「ん?どうかしたか?」
「いや…部屋の雰囲気変わったなって思ってよ」
「ああ。いやー、この歳でクマ柄のカーテンとか無いだろ?こっ恥ずかしくって仕方ねェよ」
「壁紙も替えたのか?」
「そーそー。変な模様が気に食わなかったし、なによりアタシらの落書きが酷過ぎてさァ」
「落書きィ?」
「覚えてねェのか?壁紙変える時、写真撮ったから見せてやるよ」

ボニーはアルバムを引っ張り出すとパラパラと捲り、目当ての写真を探し出すとページを開いたままキッドに差し出した。
写真に写る子供部屋を明るく飾っていただろうカラフルな壁紙は、大きなキャンバスと言うべきか躍動感溢れる千鳥足の線が走っていた。
鳥なのか、花なのか、恐竜なのか虫なのか…子どもの感性で書かれた絵は微笑ましいを通り越してどこか暴力的に感じられる。それほど、遠慮なく壁を埋めていた。

「うわ…思い出した…拳骨喰らったやつだ」
「油性でやっちまったからなァ…あのあとここ、タンスで塞いで凌いでたんだよな」

アルバムを最初から見返しながら思い出話に花が咲く。ボニーとキッドはいつの間にか隣に並んで肩を触れさせながらアルバムを覗き込んでいた。
幼い頃のように、近い距離でいることになんの抵抗も感じずに。

「寄り掛かンなよボニー。重てぇ」
「いいじゃんかよー。うりうり…」

キッドは今更、ボニーと近い距離に戸惑った。今は女の身体でも元は男なのだ。幼馴染と言っても過剰な馴れ合いは男女の差を考えるとおかしい気がして、キッドの男である部分が身を引いてしまう。
そんなキッドの心情も、ボニーは敏感に察した。明確な拒絶や言葉がなくとも、感覚で分かるのもなのだ。

「お前っ…。…あのよぉ、お前…どうかしたか?」
「んー?」
「家に誘ったり…それに最近なんか、お前元気ねぇだろ」

更に躰に凭れてくるボニーにキッドは感じていたボニーへの違和感を訪ねた。ボニーは甘えてくるような質ではないし鈍感ではないはずだ。それでもこうして、キッドにちょっかいを出してくるのは何かあるからだろうと思わせた。
ボニーは半分はお前の所為だと言いたいのを苦笑に変えながら、「んー。」と言葉を濁した。
少しだけ躊躇った後に、軽い気持ちになって言葉を吐き出した。

「実はさ…シャチの野郎に告られっちまって」
「ふーん……、って、え?」
「アタシのどこがいいんだかなー…」
「付き合うのか?」
「…どーだろ…」
「…?」
「いろいろあんだよ…迷うこと」

カリカリ、と痒くもない頭を掻きながらボニーは肩を竦めた。




キッドの身体が変わってしまって、学校にもその姿のまま登校するようになってから暫くした頃。
ボニーは妙な焦燥感を抱えていた。端的に言って、それは恋心だった。

なんてことはない、ボニーはキッドを好いていたのだ…幼馴染の男のことを、好いていた。
兄妹みたいに過ごしているうちに、それは淡い恋心となった。成長するにつれて男と女に区別され、ボニーがいくら男勝りだと言っても変わり始めた身体つきは幼馴染との距離を邪魔をする。
それでも、ボニーは嬉しかったのだ。自分のことを女として見て、接してくれるキッドに最初の戸惑いから一転して嬉しさと恋心を知る。
仲が悪いわけではなかった…もし、幼馴染の垣根を飛び越えていたらあるいは恋人同士になっていたかもしれない。それ程の間柄であった。
しかし、キッドはローと恋人同士となった。ローは隠そうともせずに何度も何度もキッドに思いを告げていた。最初こそ否定していたキッドも段々とローの真摯な様子に向き合いはじめる。
ボニーは同性同士なんてありえないと高をくくっていた。それなのにキッドは真剣に悩み、そしてローを選んだ。
ローはキッドの周りにまで溶け込んで、友人達の間にはその関係を隠そうともしなかった。ただ、仲のいい友人のようにしているくせにローもキッドもお互いに必死になっている。
手を繋いだ、キスをしたと一喜一憂して過ごす2人をボニーは応援することにした。
ローを嫉み、疎ましく思いもしたがキッドを見ているとそんな自分がひどく卑しく思えた。
そんな時だ。キッドの身体に起こった変化は徐々に2人の関係をおかしくさせた。
傍から見ていれば相変わらずだが、ローとキッドの間に溝ができ始める。
だが、女同士となったボニーとキッドの距離は確実に近づいた。側に居て不自然ではなく、会話や行動を共にしてボニーは楽しさを感じていた。近い距離に喜んだし、放っておけないという気持ちにさせられた。
そんな中、日が経つにつれキッドは何処か気落ちしたように沈んだ表情を見せるようになった。ボニーは直ぐにローが原因だと思い、自分からキッドを奪ったくせにと…一方的な怒りを抱くようになる。女になったキッドに何かしたのではないかと、何故あんなにも一生懸命だったのに今になって、と遣る瀬無さにローへの憤りは募った。
ボニーは捨て切れないでいた…キッドへの恋心を。キッドが女になったことで余計にその思いは膨らんでいたのかもしれない。故にキッドを行動一つで傷つけてしまう存在であるローが許せなかったのだ。

だが、蓋を開けてしまえばボニーの考えは外れていた。ローはキッドのことを誰よりも考えて、傷つけないようにと自分を押さえていたのだ。
結果キッドを傷つけてしまっても、ローの気持ちを知ったボニーは自分の浅はかさに嫌悪を感じた。


「キッドはさ…」
「ん?」
「トラファルガーのこと、好きなのか?」
「なっ…なん…いきなりっ」
「いーじゃねェか。恋バナだよ恋バナ!トラファルガーのこと好きか?」
「〜…じゃなきゃ、付き合ってねぇよ…」
「じゃあさ…なんで付き合おうと思ったんだ?男同士でさ…最初は断ってただろ」
「しつこく好きって言われたら、そう思っちまうんだよ…あいつ、毎日言うし…気が付くっていうか、気遣いとかすげぇし」
「そんだけで男を好きになるかァ?」
「…なっちまったんだから、仕方ねェだろ…」

頬を赤くして顔を背けるキッドを見て、ボニーはキッドの照れが移ったのか気恥ずかしくなる。
それを隠す様にキッドにしな垂れかかる様に凭れ、背中合わせになった。キッドの後頭部に、姿勢悪く座るボニーの頭頂部がコツンと当たる。

「キッド…」
「…」
「偶には、お前からトラファルガー誘ってみなよ」
「ボニー…?」
「いつも待ち構えてるだけじゃダメだぜ」
「……わかってる…」
「そっか。…アタシも、向き合ってみるかなーっ」

ぐー、と伸びをするボニーに、キッドが思いと悪態をついた。
2度の失恋をした気分だと、ボニーは思う。それでも大した痛みを感じないのは、きっともう前を向いているからだろう。



ボニーの家を後にして、帰宅した自分の部屋。キッドは脱いだ制服をハンガーにかけ、ベッドに腰掛けた。
男の時、多少制服に皺が寄っても気にしなかったが、スカートのプリーツが型崩れしたり変に折り皺が付くのが些か気に掛りこれだけはしっかり整えて毎晩ハンガーにつるすようになった。
ふ、と溜息をついてキッドは先日のペンギンとのやりとりと、今日、ボニーと話したことを思い返した。
手に握った携帯は、昨日今日とトラファルガーの名を知らせていない。
画面を開いて時間が経ち、節電設定で真っ暗になった画面をもう一度光らせる。メール画面を開いて、短い文を送信した。
返ってこなければ、それはそれだと思っていると設定した音と光が流れた。
返ってきたメールの内容に、キッドは安堵しベッドの上で膝を抱えた。
誰もいない一人の部屋なのに、綻んだ顔を隠すために――…。

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