ひらりひらり、踊るスカートから伸びるすらりとした足。そんなもの意識して見たこともなかった。
風に靡く髪も、女らしい曲線も、膨らみも、彼が"女"の身体になってから初めて意識をした。
張り合うように並んでいた肩も、今は彼の頭がそばにある。
彼の身体が変わってしまったことにいまいち実感が湧かなかったときに、調子に乗って彼の手を取った。柔らかくて、細くて小さい。驚いて少し強く握れば「痛い」と言った。
仕返しのつもりだったのか握り返してきたが、骨ばったおれの手を握る彼の手の方がずっと痛そうで。
今までの彼の身体と違うんだと意識した瞬間に触れるのが怖くなってしまった。

おれは女への触れ方なんていくらでも知っている。
でも、彼は…―――。




運命の悪戯?




ローは目の前で仁王立ちをする彼女を、足元から頭までみた。
風が吹けば簡単にめくれて下着が丸見えになりそうなほどに丈の短いスカート。裾から伸びる細すぎもしない、しなやかで健康的な肌色の足。着崩して胸の谷間が見える制服のブラウス。その胸元に掛るほど延ばされた髪。今にも文句か罵声を飛ばしてきそうなしかめっ面。
見目はいいのに、と思ってしまうのは付き合いの中でその内面や性格を知っているからではない。友人としては申し分のない確かにいい女だ。ただ、そういう目で見たことはない…気が付けばある一人に意中を示してからはどんな見目のいい女も目に入らなくなっていた。
最近になって改めて異性に目を向けてみたが、だからなんだというわけでもなくローは煮え切らない思いを抱えていた。

「なんだジュエリー屋」

ローは面倒くさそうに彼女、ジュエリー・ボニーを見た。隣には悪友の内の1人、シャチがいる。

「話がある」
「ここじゃダメな話か?」
「見当はついてるだろ。それに短い話じゃない」
「やれやれ…」



屋上に場所を移し、照りつける陽光に目が眩む。ローはゆっくり瞬きをするとボニーとシャチに「で?」と話を促した。見当はついているにしても、ローから語ることは何一つない。
しかし余計な気遣いだと一蹴する気にはならなかった。

「キッドのこと…どうするんだ?」
「…どう、って?別に今まで通りだろ」

先ほどの厳しい顔とは一変して、ボニーは表情を歪めていた。心配と困惑と混ぜたような不安と不満の入り混じる瞳がローを捉える。
普段は男にも勝る男気と度胸で見る者の目を引くというのに、こんな表情もするのかとローはぼんやりと思った。
シャチはどういうつもりなのかただ傍観を決め込み、人を食ったような顔で相変わらず緩く笑っている。

「今まで通り?ふざけんなよッ…お前、キッドと2人きりになろうともしねぇくせに」
「気のせいだろ」
「そうやって!キッドが不安になって泣きそうなのも見ねェ振りすんのか!?」

ボニーはローの胸倉に掴みかかり逆の手を振り上げる。ローは抵抗しないつもりか、されるがままにただボニーを見下ろした。いつまでも振るわれない手は宙に浮かんだまま、ワイシャツを掴む手は力が入りギリギリを音を立て色をなくしていた。

「そうそう、殴っても解決はしねェんだからさ…。ほら、ジュエリー。手ェ離せよ」

そっと、ボニーの手を掴みシャチが割って入る。困ったように笑ってボニーの頭を撫でると、ローに向かった。

「同じ質問するけど…ユースタスのこと、どうするんだ?」
「……」
「あんた、ガチホモだったっけ?」
「馬鹿いうな…たまたまだ」
「だよな。ユースタスだからだろ?っと。…でも、今のユースタスはあんたの好きになったユースタスとは違うのか?」

シャチは普段と変わらない雰囲気で話しながら、軽い調子で質問を重ねる。ボニーの頭を撫でていた手はボニー本人により叩き落とされてしまい、ついでに睨みまで貰ったがそれを笑みで返した。

「ユースタスはユースタスだよな。女になってもさ、癖とか仕草とかそのまんまでさ…男が何気なくやっちまうことを女の子がやるとなんかドキドキするよな!女のこと知らねェから無防備だし…痛ッ!」

口が滑り始めたシャチの背に蹴りが入れられる。

「ジュエリー!パンツ見えるぞッ」
「うるせぇバカヤロウ!」
「いって―…あー、でもほら、ユースタスってこの辺女の子らしいよな。パンツ見えねェか気にして歩くのって女らしいし…最近、楽しんでると思わないか?」
「……」
「ロー。ユースタスは意外と前向きだぜ?ちゃんと見てやって、話してみろよ。今、目を背けてんのはお前だよ?」

シャチはその場に腰を下ろし、足を投げ出した。
ボニーもその場に胡坐姿で落ち着く。これでスカートの中が見えないだから不思議だとシャチは呻った。それからローを見上げ、そこに座れと視線で促す。

「おれ、…あんたらなんでそんな苦しい生き方選ぶんだろうなって思っててさァ。好きなヤツと一緒に居たいってのはわかるけど男同士って、同性の恋愛って辛くねェのかなーって。周りに理解されんのかとか、親とか、エッチどうすんだ、とか…」

おれの意見ですけどねー。とちゃかした口調の割に真面目な顔で語るシャチにボニーとローは口を閉ざした。

「女に困らない面してんのに、ホモでもねェのに…妥協した道で普通の恋愛すりゃいいじゃん。それとも、最初から長くは続かねェって腹積もりで、男とも付き合ってみようって軽く思ったわけ?」
「馬鹿にすんなよ。おれは…」
「元のユースタスの時にも手ェ出し切らなかったんだから、そりゃねーよな」
「チッ…」
「だからだよな。女になってもらうの待ってたみたいで申し訳ねェんだよな」

慰める様に気遣うようにシャチがローに投げかける。下がった眉と憐みを含んだ声にローの中の苛立ちが引いていった。
深いため息をついてドサリと腰を下ろしたローは情けない顔をしているのを自覚してか、2人から顔を背けていた。
「ジュエリー。心配しなくてもこう見えてローは優しい男だぜ?ユースタスのこと好きすぎてちゃんとした判断がつかねぇだけだよ」
「…ほんとかよ」
「はは。ホントーだよ。あんたも信用ないっすね」
「るせぇ…」
「男ってのは即物的だからさ。か弱いモンみたら慰めたくなる一方でつい手も出したくなるんだよ。あーんなか弱いユースタスがローと2人きりになってみろよ…ユースタスがいくら嫌だっつってもいくらでも簡単に食えるぜ?」
「だから!なんでてめーはそういう風にしか言えないんだ!?」
「建前で喋ったって伝わらねェでしょうが。それからほら、ユースタスは元は男じゃん…ヘタに女扱いもできねェし、かといって今までみたいにすんのもなァ…さっきの話になるけど、いつもみたいにしてて弾みでおっぱいとかに触っちゃったらどうなるよ。それこそ即物、据膳、おれだったら我慢効かねぇと思う」
「〜…ッ糞野郎だな!!」
「そう言うなよ〜。男って、下心の塊だからさ」
「おい、一緒にするな」
「一緒にしますよー。いつだってユースタスの身体まさぐって隙あらば!って感じだったじゃん。ま、今回は偉いよあんた。えらいえらい」

ニヤニヤ。口角を限りなく吊り上げて歯を見せて笑う。下卑たようでいて、シャチなりの気の利かせ方だった。
深刻に思いつめていたボニーもローの考えを少なからず理解したのか一方的な責め方をするは道理ではないと改めていた。

「けど、やっぱ遠ざけんのはダメだろ…ちゃんとキッドと話し合え」
「……ああ…」

半ば呻るようではあるがローは頷いた。ローも思うところがあるのだろう。

「で、どーすんですか?」
「…」
「おれは好きな子がいるんで、客観的な意見ですけど…ユースタスってカワイイよ。黙ってりゃ元が男だってわからねェわけだし、もしそれを知ってても今は女の身体だから構わねェって奴も少なからずは居るぜ?」
「わかってる…」
「本当に?」
「…何が言いたい」
「逆に、ユースタスがあんたから離れることは考えねぇの?」
「なっ!」
「あんたに遠ざけられてんのはユースタス本人だって感じてんだ…そんな時に上手に慰めてくれる奴がいたらそいつに靡かないとも言えないだろ。」

シャチは呆れ顔でローを見る。自分本位過ぎやしないかとその表情に問われローはいよいよシャチが言わんとすることを理解した。
最初から、シャチはキッドとローの仲違いを心配してお節介を焼いているのではなかった。


「ただのケンカに突っ込みたくなるほど、おれの首は長くねぇ、ってね」

ローの出て行った屋上で、シャチとボニーはまだ留まっていた。2人しかいないこの場に、シャチの零した言葉はボニーの耳に入る。
語りかけられた言葉なのか、ただの独り言なのか…。だが、ボニーの胸には重くのしかかった。


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