「覚えてるか?2人で死体を埋めたこと」
「ふふっ…ああ、そうだった。覚えてるぜ」

居酒屋の端の狭い席。混み合い、ざわつく店の中で周りを気遣うこともなく笑った。
乾杯をしたのはもうどのくらい前だったか覚えていない。張り合うように最初の一杯を飲み干してからお互い最近のことを語り合って、腹も落ち着いて暫くして。
ふと、思い出話に花を咲かせたくなった。


春の薄ら寒い夜。昼間の暖かさはなく、息もうっすらと色がつくような夜だった。
午後9時が回った時間。まだあちこちの家では煌々と電気が灯っていて、彼ローが立つその目の前の家も1階、2階ともに電気がついている。
2階を見上げ、手にした携帯電話でどこかへと電話を掛けた。暫くもせずに繋がった。
「なに?」「外、見ろよ」電話の相手がわかっているからか愛想もない開口一番に端的にな言葉を返した。
彼が相変わらず2階を見上げたままでいると、窓がからりと開いて部屋の主が身を乗り出した。

「なぁ、死体を見つけに行こう」

窓から身を乗り出したキッドには電話口の声と生で聴こえる音がダブって聞こえた。見下ろした先に立っている電話主の気怠く笑った顔が家から漏れる灯りに照らされる。
すうっと暖かい部屋に冷えた風が入って来くる。耳に当てた携帯からは通話の切れた機械音が無機質に鳴っていた。

「バカじゃねぇの。死体なんてどこかに転がってる当てがあんのかよ」

急ぐわけでもなくキッドが玄関を通り外に出ると、ローはさっきと変わらぬ所でさっきと同じように立っていた。
キッドが馬鹿にしたように笑うと、ローはゆったりと唇に弧を書かせる。

「学校に行く道の公園っぽいところに桜が植わってるだろ?」
「ああ…夕暮れになると薄暗ぇ…あそこだろ」
「そうだ。桜の木の下には死体が埋まってるってのは相場だろ?」

ローは踵を返すと歩み始めた。キッドも半歩遅れて歩み出し、アスファルトで固められた道をすり足気味に進んでいく。
特に話すとこもなく、キッドは部屋着のスウェットのまま出てきてしまったことを少しだけ後悔しながら鼻をすすった。室内ではともかく、薄着では夜風に体が冷やされた。

「さっむ…」
「んな格好で出てくるからだ」
「だって、どっか行くとか言わなかったじゃん」

ふわふわと白く色づいた吐息を躍らせながら、街灯に囲まれて一際明るい公園に向かう。
公園と言っても遊具はなく、ベンチと記念碑と誰かの像がぽつんとあるようなところだった。
淡いピンク色が地面に落ち、風が吹けば舞転がる。ざわりと枝葉の擦れ合う音が街灯の届かないほの暗い木々の合間に響いた。
そんな狂い咲いた後の後はさびしく花を散らすだけとなった桜を2人はぼうっと見上げていると、ローはおもむろに桜の木の根元にしゃがみこんだ。
ざり、と指先で土を引っ掻き小石を掘り起こしてはまた土を引っ掻くローに倣うようにキッドも土を撫でる。
暫くの間、黙々と手が汚れるのも構わず土を掻き出した。土は固く、時折靴のつま先で耕しながら。
長いことそうしているような気がしても、掘れた穴は深さも広さも30センチ四方程で飽きもきた。2人が「自分たちは何やってんだろ」と我に返り、土を掻き出す手も緩慢な動きになってくる。
キッドは垂れそうになった鼻を、汚れた手を気にしながら二の腕で拭う仕草をした。

「あ、」
「なに?」

ローが顔を俯けていた体制が辛くなり体を起こした時だった。目の端に映った塊に思わず声を出して立ち上がった。
名も知らぬような木が並ぶその根元に両手で掬える程の大きさの塊がぽつんと転がっていた。ローは土に塗れた手でそれを拾うと、掘った穴の傍にしゃがんでいるキッドに見せた。

「フフ。奇しくも伝説は本物になるわけだ」
「おれらで死体を埋めてたんじゃ、まったくオカシナ話だぜ」

ローの手の中には小さな子猫が冷たく、硬くなっていた。口先だけ笑ったローは皮肉にも誂え向きの穴の中にそっと子猫を寝かせぱさりと掘り返した土を掛けた。
哀しいわけでもない、楽しいわけでもない。ただ、淡々と2人で土を戻した。キッドも一緒になって猫を埋め終えて、桜が束で咲いているところを少しだけ摘んで濃い色をした土の上に添える。

「案外、最期に桜を見たかったって迷惑な野郎を、通りすがりの優しい奴が埋めてやったのかもな」
「…伝説の方の話か?人ひとりを入れる穴を掘るのは骨がいるぜ?おれ達はこの程度の穴しか掘れねぇのに…んな、お人好しいねぇよ」

ローの話にキッドはへらっと笑い、手を叩き土を払った。「そろそろ帰るわ」一度、桜の木の根元を見てキッドは呟くように言った。

「そうだな…。おやすみ」
「おう…おやすみ」

ローも同じように土を払い、2人は公園で分かれた。
帰宅後キッドは風呂に入り直し、ローも風呂に入りベッドへと入った。日付はとうの昔に跨いでいるのに眠気は一向に2人に訪れない。
目の端に光る携帯のランプに気が付き開いてみるとメールが来ていた。
「寝らんねぇ!」「そうだな」
ただそれだけを交わして、無理やりに目を閉じるのだった。

翌日の学校で、春の陽気に眠そうなのを隠しもせず、アンニュイな様子で窓から外見たり天井のひび割れを視線でなぞる2人がいた。





「夏だったよな。朝4時だか5時に起きちまってお前を電話で叩き起こしてさ。バイク飛ばして海行ったよな。」
「秋は真っ昼間に落ち葉集めて芋や栗を焼いたな。綺麗な毬栗があって何となく飾ったの覚えてるぜ。蓑虫いてさァ…ちょっと感動した。」
「冬は…夕暮れだったよな。何となく電車を乗り過ごして知らねぇ町に行ったな。」
「けどさ、知らないこともねぇんだよな。せいぜい5つ先の駅だっただろ?暗いと町の印象が変わって、不思議と全く知らねぇ場所に来たような気持ちになった」

あの頃、周りの奴等みたいに雑誌やゲーム、テレビや音楽なんかの餓鬼臭い話題じゃなくて、なんか大人染みたことをしたかった。そんな憧れで、自分の周りの"同級生"達がやらないようなことをやりたがった。
でも、みんな同じようにやっていたことだった。みんな黙って、同じようなことを自分だけだと思い込んでやっているだけ。
それに気が付いたのは今頃になってからだった。そこでようやくおれも大人になったのかな、なんて思う。

「いろいろやったよなぁ」
「本当にな。お前には付き合わされたよ」
「ああ?おれがお前に付き合ってやってたんだろ?」
「何言ってる。おれがお前に付き合わされてたんだよ」

青臭い季節を何度も共に過ごして、はしゃいだおれたちは、いくら大人ぶっても子供のままだった。
今も、大人って言うのはどんなもんかという実感は怪しい。ただ昔を思い出して懐かしむようになって、ただただ歳を重ねているなと思う程度だ。

「お前ほんっとにかわんねェな!」
「お前ほどじゃねぇさ」
「恋人にもそんな調子かよ」
「恋人には優しいさ。お前だって子供相手にそんな調子か?どっちがどっちだわかんぇぞ?」
「んなわけねぇだろ!」

青春を終えてそれぞれの道を歩みだしたおれ達が、けして忘れはしない思い出はとても青臭いものだった。
終ぞ告げることがなかった想いまでとても懐かしく思う。


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25〜33歳くらいのローとキッド。
想いはあったのに想いは告げずに、互いに別の道を歩む2人。
キッドは結婚し子供もいる。ローは婚約中。

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