「アイシング足りねェ」
「ロー、そろそろシチュー作り始めろよ」
「思ったより時間掛かるなぁ」



ユースタス屋の誕生日当日。ユースタス屋が仕事に行くのを見送り、直ぐに昨日キラー屋の家で焼いたパーツを組み立て始める。
思っていた通りユースタス屋は自分の誕生日を忘れているようで普段と変らずだった。

そうしているとペンギンとシャチもやって来て完成図を元に黙々と手を動かす。
ユースタス屋は今日は帰りの早い方だからおれが作るメインの方も早めに支度しなければならない。
不慣れな物には時間がかかるだろうから余裕があり過ぎるくらいで時間を見た方がいい。それにもし失敗しても土壇場でどうにか出来る時間を残して置けるからだ。

「一応包丁とか持ってたんだな」
「ユースタス屋のだ。怖ぇくらい切れんぞ」
「あ、はいはい!おれ絆創膏とか持ってきたから安心しろよロー」
「よし、シャチちょっとここに指を置け」
「ふざけてないで早く取り掛かれよ…」
「…」
「…」
「…」
「お前ら気が散るからあっちに行け、見んじゃねェ」


* * *

時々、背後で別の作業をするペンギンとシャチからちょっかいを出されながら並べた材料と対峙する。
此所に来て少し無謀な挑戦だったかと怖じ気付くが奴等の手前止めるのは格好悪いから取り敢えずじゃがいもを洗ってみる。
彫刻刀で版画を作ったことはある、小刀でプラスチックの削り出しもしたことがある、カッターで段ボールを切り抜くのもやった…じゃがいもと包丁に替わっただけだ。出来る、はず。
ユースタス屋みたいにスムーズに皮を繋げてくるくる剥いて行くなんてのは出来なかったがそれこそ削り出しのように周りを削いで皮を取る。
ただの窪みだか芽だか分からないが怪しいのは全部くり抜いて、適当な大きさに切る。此処までの作業で指の薄皮と、爪にちいさな切れ込みを作っただけに止まったのは及第点だろう。
ニンジンの皮は大人しくピーラーで剥いて、玉ねぎはとにかく目に染みた。
ユースタス屋のシチューは鶏肉が入ってるので、鶏肉も切る。勿論生肉は初めて触った…。
材料は一通り切り終ったので次は調味料だ。

「薄力粉、牛乳…バター」

固形スープの元に水とか。
分量を計り茶碗やコップ、小皿に取って置くともうただでさえ狭い調理台が埋まった。
ユースタス屋は料理しながら調味料用意したり片付けも同時進行でやるんだからやっぱり凄いんだろう。

俺にはそんな真似出来ないからまるで理科の実験のように必要なものを必要なだけ用意して手順通りに混ぜていくだけだ。
洗い物が増える一方だが仕方ない。

「タマネギをバターで透明になるまで炒める、薄力粉をまぶしてだまにならないように……もうなに言ってんのか分からねェ」
「…ぶつぶつ言い出したな」
「やっぱり市販の奴使った方が良かったんじゃねぇ?」

書き写した手順を見ながら呟いているとコソコソと後ろで話す声が聞こえる。
思わず舌打ちをするとぴたりと話し声は消えたが含み笑いをしてる気配は感じ取れた。
取り敢えずはバターでタマネギを炒めよう。

「バター良い匂いすんなぁ」
「なー。…でも、なんかすげー焼きの良い音しねぇ?」
「…」
「…ロー、調子は……って、茶色っ!なんだそれ色濃くないか!?」
「透明になんかならねぇぞ…」
「わっ!それ強火ッ!火が強過ぎだろ焦げてんだよっ」

シャチが慌てて火を弱めるも、焦げ付いたバターで色だけは良過ぎるくらい良いが肝心のタマネギの方にはあまり火が通ってなかった。どう見ても失敗だ。

「タマネギはまだあるんだろ?やり直せばいい」
「気にすんなよ、おれも最初1人で料理した時同じことやったし」
「…はぁ」

* * *

炒め直したタマネギに、案の定だまになった薄力粉。それでも残りの肉と野菜を炒めて水と固形スープを突っ込んでぐるぐる掻き回せばなんとか見慣れた形になった。

「出来たなぁ〜。味も美味いじゃん」
「ああ。騒いだ割りには美味しいよ」
「ユースタス屋の味じゃねェけどな…」

出来上がったものの、ユースタス屋が作るシチューとは大分味が違ってしまった。
仕方ないんだろうが少し悔しい。

「こっちも大分出来たぜ。あとは細かい飾り付けだな」

後半、シャチとペンギンに任せ切りだった方の作業を急ピッチで仕上げていく。
没頭した分、出来上がりは思った以上に賑やかになったがユースタス屋なら笑ってくれるだろう。

「そろそろユースタスも帰って来る時間だな」
「そうだな、俺たちはさっさと退散しますかね」
「…悪かったな、サンキュ」
「…新鮮だなぁローからお礼言われるなんて」
「おれ、今の心のメモリーに永久保存したわ」

途端にニタニタとし始めるペンギンとシャチに今日2度目の舌打ちをしてやると、ついには声に出して笑い始めやがった。

「ペンギーンどっかで飯食ってこうぜ」
「そうだな。じゃあユースタスに宜しく」
「あ、俺からもな」
「わかった」

見送りに玄関を出ると丁度待ち人が帰ってくる。シャチもペンギンもそれに気付き気軽に声を掛けた。

「あ、ユースタスさんおかえり」
「おう。今日はトラファルガーんとこでなに悪巧みしてやがったんだ?」
「悪巧みって人聞き悪いな…」
「ほんとだよ、ユースタスさんひっでー」
「はは…今帰んのか?」
「ああ、今日の悪巧みは済んだから」
「成功するといいな、ロー。じゃーまたな!」

手を振り楽しそうに連立って帰る2人をユースタス屋も手を上げて見送り笑ってる。

「おかえりユースタス屋」
「ただいま。お前相変わらず薄着だな…見てるこっちが寒ぃよ。早く部屋入るぞ」

玄関先で首を竦めてマフラーに鼻先まで埋めてるユースタス屋に笑いながらユースタス屋の部屋に入る。30分前くらいから暖房をつけていたので外より大分暖い。
マフラーと分厚いジャケットを脱ぐとユースタス屋はさっそくと腕まくりをする。

「今日なにすっかなー…」
「…ユースタス屋」
「なに?なんか食いたいのあるか…って、包丁とまな板が無ぇ…?」
「あ、おれが借りてる」
「お前が?…お前っ!まさか粘土とか切ったんじゃねェだろうな!?」
「は?切るわけないだろ!?おれだってそのくらいの常識あるぞっ」
「だよな…悪い悪い。昼になんか食ったのか?」
「いや…その、…」
「…?」

帰って来て早々、いつものように夕食の支度をし始めるユースタス屋。
借りて洗ったまま返すのを忘れていた包丁とまな板だが、まさか包丁で粘土を切るなんて疑いが掛かるとおれも思ってなかったから少しだけショックだ…。
そして、言い淀むおれをユースタス屋は不思議そうにシンクに凭れながら首を傾げて見ている。
照れくさい、気恥ずかしい、そんな気持ちでいっぱいだ。

「…誕生日おめでとう」
「…、あ。」
「今日、ユースタス屋の誕生日だぜ…忘れてただろ」
「あー…そうだな、すっかり忘れてた」

日付けが変ってから、ずっと言いたかった言葉を先ず告げた。この様子だとまだ誰にも祝われてなかったらしい。
冷蔵庫な貼ってあるゴミ出しカレンダーを見て忘れてたと苦笑している。

「いろいろ考えたんだけど大したもん思い付かなくて」
「別に何も…」
「だから、今日の晩飯作った」

きょとん、とするユースタス屋は「まさかお前が?」と言いたそうで、おれは意味もなく首を擦った。

「誕生日くらい楽してほしくてさ」

切って煮込むだけの料理に凄く手間が掛かったけど、洗い物もしたしユースタス屋には食って貰うだけ。

「シチュー…ユースタス屋の作るやつみたいなのは出来なかったけど」
「もう出来てんだろ?」
「うん」
「少し早ぇけど、食おうぜ。腹減った」

ユースタス屋が嬉しそうに笑って急かすから俺もつられて笑った。

「へぇ…良い匂いだ」
「言って置くがルー溶かしただけじゃねぇぞ」
「そう言えばこの間シチューの作り方聞いてきたよな…頑張ったじゃねーか」

せっかくだからとおれの部屋でユースタス屋を持て成す。炬燵に座るユースタス屋に炊きたての飯とシチューを出して俺も向かい側に座って「いただきます」なんて言いながらさっそく食べ始めたユースタス屋をじっと見る。

「美味い」
「ほんとにか?」
「ほんとうに、うまい。」

大袈裟な喜びも世事もなく、ただ嬉しそうに口許を綻ばせて一口、また一口と口に運んで食べていく。
クリスマスの次の朝に見た顔よりも嬉しそうでおれは妙に照れる。

「ユースタス屋の作るシチューとはなんか味違うけどな」
「けどお前が作ったんだからお前の味で、これはこれで美味いだろ。おれはこっちの方がいい、手作りって思えるし…まだ余ってんのか?」
「あ、ああ…4、5人前くらい作ったからな」
「なら、明日の朝も食えんな」

ユースタス屋は少しだけおかわりして綺麗に食べ終わると、まだ食べ終わらないおれを柔らかい笑みを浮かべて眺めた。
あんまり見た事ないそんな表情のユースタス屋についつい食べる手は止まってボケッとアホ面をして見つめてしまう。

「ありがとな」

耳に入った声音に、取り落としたスプーンと火に焼かれたんじゃないかと思うほど熱い頬、噴き出た汗は暖房の所為だとはとてもじゃないが誤魔化せそうにはなかった。



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