時計は全部デジタルに変えた。
忌々しい程に時を刻むアナログな音はしない。
部屋の窓全てに厚い遮光カーテンを引き、月の光さえ遮って目を開けても目を閉じても

広がる暗闇…

タッ…タンタンタンタン、タ。
カタン。


ああ…今日も眠れなかった







カーテンを開け広げ、まだほの暗い街を窓から見渡してため息を零す。
コーヒーを淹れるための湯を沸かしながら玄関へ。
内側から新聞を取り入れてダイニングキッチンへ戻るとケトルがシュンシュンと密かに声をあげている。

慢性的な怠さの残る身体。
眠気はある、だが眠れない…いつからそうなったかなんて思い出せず、思い出したくない…など言いつつ、覚えているくせに、それは定かではなくてハッキリしない、曖昧。
我ながらどうかしてる

湯気だつコーヒーカップを傍らに置き新聞を広げる。
ここ最近では新聞配達に来る足音を覚えてしまい、その足音が聞こえて遠ざかる頃に身体を横たえていただけのベッドから出るのが常。
いっそ俺も新聞配達とかしたら気が紛れていいじゃねーかとか、そんなくだらない事を思いながら欠伸をする。

眠い…
眠れない



でもまぁ、流石に全く眠れないと言う訳ではなく、いつの間にか30分から長くて2時間、意識が飛ぶ事がある
最初は驚きもしたが、自宅で仕事をする俺には何の問題もない。
困る事と言えば、気がつけば不自然な体勢や床で眠っているので身体が痛いというくらいだ。


タッタッタッタッ

聞き慣れた足音に腰をあげる
パソコンに向かったままでいたらいつの間にか朝が来ていたようだ

タッ…タンタンタンタン、タ。
カタン。
バサッ

「ん?」

郵便受けに新聞の落ちる音がしたかと思えば聞き慣れない音が耳に届く。
新聞はドアの内から取れるのでいつもは必要ないのだが、聞き慣れない音に興味が湧きドアを開けて一歩足を出した。

「…あっ」

ぐしゃっ

「…」
「…」

見下ろした所にはまだ夜が明けきらない中に浮ぶ赤色と俺の足の下にある新聞だった。

「こっちを返すよ」
「…どうも……スイマセン」
泥の上を歩いた靴で踏んだわけではないから見た目には踏んだ新聞は汚れていなかったが、少し皺が依ってしまったようにも思える。謝罪も含めて、踏んでしまった方の新聞を引き取り、郵便受けに入れられた方の新聞を返した。

「いや、俺が悪かった…すまなかったな。音がしたから何かと思って」

少し低い所にある双眸をみながら謝る。
毎日新聞を配っていたのはこのなんとも生意気そうな少年(かと思われる)だったのか。
「…残り、そんだけ?」
「このマンションが最後…新聞とってるヤ…人、この辺少ねェし」

ぎこちない敬語を話しながら少年は赤くなった鼻を啜りマフラーを口許まで引き上げた。
冬の終わりとは言え朝は冷え込む。息は白く色付いていた。

「あぁ、邪魔したな…ご苦労様。残り頑張って」
「…っス」

先を急ぎたいとばかりに目を泳がす少年に気付き、足止めをさせてしまった事を詫びると、彼は軽く頭を下げて踵を返した。

「あ。」
「………?」
「配り終ったら、もう一度ここ通ってくれるか?上の階にも行くんだろ」

呼び止めると怪訝な顔をしながらも振り返り、俺が続けた言葉には眉間に皺まで寄せ更に訝しむ。
その表情に苦笑を返しながら、もう一度、通ってくれよと頼んで俺は家に引っ込んだ。



「悪い…少し、待たせたか?」

玄関を開けると少年が少し先の、階段に近い方で所在なさげに足を迷わせていた。
帰ろうか、待とうか…考えあぐねていたのだろう。

「寒そうだったから。これは嫌いじゃなかったら食べてくれ。…さっきのお詫びだ」

タンブラーに余ったコーヒーでカフェオレを作り、貰い物だがマドレーヌとパウンドケーキを小さな手提げに入れて差し出す。
戸惑いながら少年が受け取るのを見届け、「お疲れ様」と声を掛ける。
今度は引き止めないようにこちらから早々と背を向け、小さな声で聞こえた礼に笑みを返してドアを閉めた。


怪しい奴だと思われただろうか。
自分の取った行動を思い返しながら苦笑をする。
広げた菓子箱を直し、タンブラーに入りきれなかったカフェオレを啜る。

「ちと、甘かったかもな…」




タッ…タンタンタンタン、……。カタン。………タンタンタン…

いつもの足音が、玄関先で立ち止まった。
いつも急ぎ早に新聞を投函する音は、少しだけ時間を置いて聞こえてきた。
そしてほんの暫くの後、また足音は遠ざかる。

新聞を、内側から取り出して…ふと。気になってドアを開けて見る。
勿論あの新聞配達の少年は居なかった。
ドアを閉めようとして、カコン と音がする。気になって改めて外側のドアノブを見ると見覚えのある手提げが掛けてあった。
わざわざ返してくれたのか。
申し訳なかったな、とそれを回収しドアを閉める。

「フフ…」

手提げにはちゃんと洗われたタンブラーと、走り書きの単調な礼の一言が添えられた紙の切れっ端が入ってた。



「眠れねぇ朝の暇つぶしだ」
明日の朝、新聞屋が来る前にこの手提げをドアノブに掛けておいたらどんな反応があるだろうか。
温かいスープと握り飯なんか入れてやったらどうだろう。
新聞配達屋へ、なんて宛名でも書いてやったらいいのかもしれないな。





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2009年11月末から書きかけ放置してた話。

・ロー30代
不眠症(睡眠障害)、自宅で仕事(物書きとか?)
・キッド14歳
弓道部。新聞配達は小遣い稼ぎと体力作り兼ねて。

実はもっと話は続くけど続かなかった。


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