黒い蝶が目の前を横切った。


「ユースタス屋」

と、同じようなタイミングで声を掛けられて「んー」なんて気も漫ろな返事をする

体育館の裏手。
コンクリートで埋め固められた緩やかな傾斜を書くそこはサボるのにはもってこいの場所で
体育の授業中の生徒の声がたまに届く、そんな5限目。
俺とトラファルガーはコンクリートに寝そべっていた。

「なぁ、ユースタス屋」

仰向けに寝転んだ体を起こしてもう一度トラファルガーが声を掛けてくるから俺は腹這いで雑誌を見ていた顔を上げて視線を奴に移す

相変わらず蝶は黒い翅でヒラヒラ舞っていた

「此の世界が蝶が見る夢の中だとしたら、お前はどうする?」

フフ、と短く笑いながら問い掛けるトラファルガー。
あぁ、なんだっけか…この間コイツが見てた本に書いてあった気がする


「……そーし?」
「なんだユースタス屋知ってるのか?」
「いや、知んねぇけど…で?それがなんだってんだよ」
「ユースタス屋は、どう思う?此の世界…此の時間が蝶の見てる夢だとしたら」

いつも被っている帽子を指先に引っ掛けてくるくる回しながら問い直してくる
「…別に、なんも思わねぇな。つーか有り得ねぇって思うし…お前はどうなんだよ?」
「はは、ユースタス屋らしい。俺は…」

黒い翅の蝶がヒラリとトラファルガーの横を舞う
バサッと風を切る音と共にその蝶が消えてしまった。
トラファルガーの帽子は地面へと落とされている。
蝶は、闇の中…

「蝶を、捕まえて…殺してやろうと思う」
「…夢が終わっちまうじゃねーか」
「だが蝶の見る夢が移ろい歪んで巡る恐怖に怯えなくてすむだろう?」

ユースタス屋、そう呼びながらトラファルガーの顔が近付いてくる

「蝶の見る夢が…このままならいい。」

咄々と静かな声が溢れた

ユースタス屋、
蝶の見る夢が…このままならいい。
だが夢が
移ろいお前の気が変わったら
歪んで別の道を歩くとしたら
巡って知らない他人に成り下がってしまったら…


「俺は、お前が居ない世界なんて生きたくない。お前が俺から離れて行こうとするなら、世界中の蝶を殺し回ってやるよ」
「……バカだろ」
「フフ、バカでいいさ…」

頬にそっと触れてくる唇がくすぐったく身を捩るとそれは直ぐに離れていく

「蝶の気が変わらないうちに、何が出来るんだろうなぁ…ユースタス屋」

珍しく感情を殺すようにクツクツと喉で笑うトラファルガーは帽子を見つめた。

「…トラファルガー」
「なんだユースタ」
胸ぐらを掴んで思い切り引き寄せた。
不意打ちだったからか簡単に身体が前のめって覆い被さってくるが、俺にのしかかる手前で地に両手を付いたトラファルガーは自身の身体を支えていた

「…ユ、ユースタス屋?」
「テメェは…これも蝶の夢だって言いてぇんだ?」
「…、」
「お前が俺にキスするのも、俺がお前を仮に好きだと言ったとしても、蝶が見る夢の中で言わされてるってことなんだな?」

そう言うことだろう、と睨むようにすればトラファルガーは目を丸くした。
そして俺の首筋に顔を埋め小さな声で何やら呟いた。

視界に入る奴の耳が赤いとか、声がうわずっているのとか
これもちんけな虫の見る夢だとしたのなら…




あぁ、そうだ。やっぱり殺してしまった方がいいのだろう









「で、トラファルガー」
「なんだユースタス屋」
「腹がくすぐったい。そして今すぐ俺の上から退け」
「フフ、少し我慢しろ今に気持ちよくなる。それにお前から誘ったんだろ?」
「っ、ちょ、ふはっ…脇腹さわんな!誘ってねぇしっ…つーかここ外だから!」
「屋上も外だけどな…」
「うるせーっ!チッ、気が変わるなら早く変わって欲しいぜ…」

ふと、伏せられたままの帽子に目をやる。
相変わらずあの暗闇の中にはそれより深く黒い翅の蝶がいるはずであって。

「フフ、なら今すぐあの蝶を殺してみるか?」
「てめぇは夢を終わらせてー訳だ?」
「そうだな…蝶の夢は終わらせて、お前には俺の夢を見てもらうことにする」
「決め付けてんじゃねーよ」
「はは、そして俺はお前の夢をみるよ、ユースタス屋…」

気持ちワリィ、と身体をうつ伏せにして少し離れたところに伏せられた帽子を持ち上げると
ふわりと蝶が逃げていった。
あの蝶は、闇の中で夢を見たのだろうか、なんて頭の隅で考えていたら背中に重みを感じる

「重い…」
「なぁ、ユースタス屋…夢、見ろよ」
「…なんの?」
「俺に好きって言う夢。俺と手を繋ぐ夢、キスをする夢。セックスして、愛し合う夢…」
「てめぇの妄想を押し付けんな」
「俺も、お前に好きって言う夢見るし…手ぇ繋いだりキスしたりセックスして愛し合う夢みるから」
「……殺すからな」
「…うん」
「変わったら、殺してやる」
「ああ、わかった」






お前の夢がもし、移ろい歪んで巡ってしまったら
この手で、夢を終わらせよう









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