流れる情景がスローモーションのようになって、何処か遠いところでスリップ音と……。



「ん?」

ピルルル、と唯一指定している着信音が鳴った。
曲や歌が流れるのが嫌な俺に、トラファルガーが自身の着信音だけは特別にしたいと勝手に設定した音だ。だから、今鳴る着信はトラファルガーからだろう。

「もしもし、どうした?」

朝10時前。トラファルガーが家を出たのが30分程前になる。
忘れ物でもしたのだろうか。今日は休みな俺だから、大学まで届けろと言う頼みだろうか?
それは面倒臭い。

『ー…た、屋(ピーポー)』
「ん?ちょっとまて、電波が悪ィ」
『(ピーポー…ピー…)ユースタス屋ぁ?』
「ああ?あ、なに?すげぇ近くに救急車でも居んのか?」
『いま、乗ってる』
「…あん?」
『キューキューシャ、いま乗ってる』
「はぁ!?」

サイレンの音に紛れた遠い声を聞きながら思わず窓の外を見てしまう。意味は無い行動だが反射的に身体が動いた。

『事故って、今、病院連れてかれてる』
「事故っ…、…電話出来るくれぇには無事なんだな?」
『おー。』
「何処の病院行くって?…市立病院な、保険証は?ああ、分かった。んじゃ…ああ、分かった」

携帯で話ながら戸締まりと身仕度をし、搬送先を聞き通話は終った。
会話中に詰まり、上がる息。痛みを堪えていたのだろうか。
取りあえずは自分で連絡を寄越して来たくらいだから万が一にも命に関わる怪我ではないのだろう。

「…はぁ」

つっ掛かりながら靴を履きドアのぶを握ったところでため息を吐き、とんとん、と緩く握った拳で自分の額を叩く。
嫌な想像と取り乱す自分を押さえ付けたかったからだった。


***



トラファルガーの運ばれた病院へと急ぐと病院は慌ただしい状態だった。
何やらトラファルガーの後に運ばれた患者が2人、緊急を要したらしくトラファルガーは取りあえずCTを撮った後処置室に居るらしかった。
トラファルガーの居る処置室前の長椅子に座り待つ事にする。
暫くすると数名の医師、看護師が処置室に入り病院の医師独特の能天気に明るく前向きに励ます声がボソボソと断片的に聞こえてくる。

『はい!じゃあ「せーのっ」で行くからねー力抜いててくださいねー』
『はいじゃあ、せー、』
『い"っ!!?〜〜〜ぃい…っ、ぐ、…ぁ、てぇー…!〜…っ!』
「………」

トラファルガーのデカい声を初めて聞いた気がした。
後半は食いしばったようだが、力むタイミングを完全に外されたらしく堪えられなかった痛みが悲鳴になったらしい。
聞いてる方が痛いと思える悲鳴に顔を引きつらせていると看護師が出て来た。
付き添いの確認を取ると処置室に招かれる。
トラファルガーは見事に泣いていた。

「ゆーすたす屋…」
「よぉ…大丈夫か」

涙声で震える声に再び苦笑しながら持ってきたタオルを渡してやる。
上半身裸で椅子に座り、脂汗と涙を拭きながら消沈しうなだれているトラファルガーを見ると、かすり傷は目に付くが見て取れる大きな傷はないようだ。

「今、脱臼した肩を正常な位置に直しました。急患が入ってしまって、トラファルガーさんの怪我の程度を見て治療の順番を後にさせてもらいました…お待たせしてすみません」

坦々と話しながらレントゲンを確認する医師の話を聞く。
トラファルガーは強烈な痛みのショックで話を聞いて居るようでいて上の空だ。

「多分初めての脱臼で痛みが強かったと思います。痛み止めは最初で打ちましたが、ハメる為に凄く痛かったでしょう。でも我慢出来ないくらいの痛さと言うのはもうないのでこれから1ヶ月は無理せずに安静にしてくださいね」

看護師達が再び各々準備を済ませて集まってくる。
レントゲンを確認した医師は「ココを見てください」とレントゲンを刺す。
それは素人目に見ても、

「今、腫れも出ているので分かると思いますが手首に近いところの尺骨、小指側の骨ですね。が折れていますので今からギプスで固定します。綺麗に折れてズレもないから安心してください」

良かったね、とトラファルガーに笑い掛けた医師だが…良かったのか悪かったのか。
まぁ、骨折も程度で見て良い方だと思うべきなのだろう。

「えー、警察の方によると、勢いですっ飛んで街路樹に飛び込んだのだろうと言う事で。樹に右肩から、その所為で肩を脱臼、そして無意識にかばったんでしょう。手首の細い骨が折れたようですね」
「っ…てて」
「暫く我慢してくださいねー」
「……」
「ん、テッ……あー、俺、樹に突っ込んだのか」
「そもそもなんで事故ったんだよ。ハンドルミスか?」
「いいや。脇道から普通車が飛出して来て寸でで避けたんだが…多分後ろが当ったんじゃねぇかな。そんですっころんで…ってのは覚えてる。目ぇ開けたら警察のおっちゃんが声掛けてて」

後から警察から聞いた事故の詳細だが、乗用車が一旦停止でアクセルとブレーキを踏み間違えて本道に飛出したらしい。
そこにトラファルガーが通り、結果トラファルガーのバイクの後部ギリギリと、乗用車の左バンパーが接触した。トラファルガーは後ろを掬われた形でバランスを崩し、バイクは大きく右に滑り身体は投げ出され左側にあった街路樹に突っ込んだと言うわけだ。

「気ィついたら息できねぇくらい胸と肩が痛ェし」
「でも良かったですよ。対向車線にでなかったし、打ち所も…まぁ頭じゃなかっただけ」

本当にホッとした様子で話す医師は苦笑しながら順調にトラファルガーの腕を固定していく。脱臼だけでも2、3週間は三角巾で吊らなければならないらしい更に腕の骨も折っているので腕を直角に曲げた形でしっかり固定していた。

「CT、レントゲンでは他に異常はなかったです。頭部打撲もないですし胸も背中も異常ありませんでした。打身で何日か痛むかもしれませんが湿布薬を出しますんで」

処置を終えたギプスが硬化し始めトラファルガーが不便そうに顔をしかめる。

「取りあえず3週間みましょう。さっきも言ったように肩もあまり動かさないでください。肩に違和感を覚えたら触らずに直ぐに来院するようにお願いします」



***



「仕方ねぇからこれでいいだろ」
「悪いな」
「いや…なんか飲むか?」

診察も済み、待合所へと場所を移した。入院もなく、次の3週間後次第だがあと2回程は通院をすることになるだろう。

「んー、バナナ牛乳」
「…牛乳飲んだって治りに大差ねぇと思うぞ?」

飽きれ半分に笑いながらバナナ牛乳と自分もコーヒーを買う。
ぼうっと椅子に座るトラファルガーは、片腕は服が着れない為に服の中で腹を抱えたような状態だ。
因みに、今着て居るのは俺の上着だった。

「ん、あ…待て。…はい」
「ん」

紙パックのバナナ牛乳にストローを刺して渡してやる。
トラファルガーも不便だろうが、こうして世話を妬かなければいけないのも考えものだ。

「で、結局服はどうしたんだよ」
「捨ててもらった。持って帰っても捨てるだけだしな」

脱臼した肩がどうしても痛くて服が脱げず、やむを得ずハサミで切って脱がしてもらったらしい。
一応、縫い目に沿い綺麗に切ってくれたらしいが…。確かに、綺麗だとしても切った以上また縫って着るなんてのも馬鹿らしい気がする。
かと言って上半身裸でうろつかせるわけにもいかないので俺の前開きの上着を着せてジッパーを閉めた。素肌に着る素材ではないが仕方がない。

「腹へった」
「もう1時過ぎだな…」

診断書諸々、病院からの指示などで結局は14時頃退院となった。

「飯、どっか寄ってもいいけどよ…お前食えるのか?」
「? 食欲はあるぞ」
「そーじゃねェよ…右手が使えねぇだろ!」
「………」

あ、と服の中で吊っている自分の腕を見下ろして呆然とする。

「…これは、困ったな」
「…はぁ…」

今更になり、利き腕が使えない事を自覚するトラファルガーに毎度のことだが飽きれるしかなかった。





(あ。ユースタス屋があーんしてくれれば何処でも食えるぞ)
(その閃きは別に凄くねぇから「凄いこと思い付いた」って顔すんな)




----
日常であり非日常

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -